立ち止まって、振り向いて

「今日は急に来てごめんなさい。いつもとは違う視点で、おふたりのゲームを観てみたかったんです」

 筋骨隆々な男性とスタイル抜群の女性が並んで映るモニターを見つめながらそう言うと、野島さんは首を横に振って苦笑した。

「小山くんの後ろじゃなく僕の後ろで見て、どうだった?」
「常々思っていたのですが、野島さんは回復アイテムを大量に持つ癖がありますね。応急処置キットも包帯もエナジードリンクも鎮痛剤も、これでもかってくらい拾って手持ちぱんぱんにして、ちょっとの怪我でもすぐ使っちゃいますね」
「やめて! 僕の分析しないで! だって心配じゃん、怪我したりエリアに飲まれたときのために備えなきゃ!」
「いいと思いますよ。前に、エリア外で応急とエナドリで耐え続けて、最後の最後に勝ったことがあるって、小山さんから聞きました。珍しく声を弾ませて、楽しそうに思い出し大笑いしてました」
「あったあった、二年くらい前の話だ」
「基本的にニュートラルな人なので、あそこまでの大笑いは貴重です。わたしではあの大笑いは引き出せません」
「葵ちゃんもゲーム始めてみればいいのに」
「わたしはゲームの才能がありません。前に小山さんと格闘ゲームをやったら、三十秒もかからず負けました」
「それはゲーマーの小山くんが、初心者の葵ちゃんに手加減してあげないのが悪い」

 けたけた笑う野島さんに「ですよね」と返してわたしも笑って、「でも」と続ける。

「来て良かったです。野島さんにはご迷惑をおかけしましたけど、いつもとは違う視点で見ることができて」
「うん、そうかもね」
「少し、迷っていたんです。半ば強引に連絡先を交換して、恋人でもないのに小山さんの世話を焼いて。ここ数ヶ月、わたしの視界には会社と自宅と小山さんの部屋しか入っていなかったから。視野が狭くなっているな、と。本当にこれでいいのかな、と。だからちょっと立ち止まって、振り向いてみることも必要かな、と」
「答えは見つかった?」
「野島さんのお部屋でふたりっきりでいるのは、とても緊張することが分かりました」
「はは、まさか。それとも、小山くんとふたりっきりだと安心するっていう惚気?」
「惚気る関係じゃないです」
「はは、まさか」

 けたけたと楽しそうに笑い続ける野島さんを見つめながら、失礼なわたしは、小山さんのことを思い出していた。
 悲しいくらいにわたしを異性として意識していない小山さんは、わたしが今夜野島さんの部屋にお邪魔したと言ったら、どういう反応をするだろうか。野島さんの部屋を訪ねた理由を「立ち止まって振り向きたかったからだ」と話したら、どう返すだろうか。

 きっと大笑いは見られない。恐らくいつも通りニュートラルな様子のまま「おまえはいつも変なことをするし、変なことを言うね」と、呆れた様子で言うだろう。

 そんな小山さんに、会いたくなった。鳩尾のあたりが、じくじく疼いた。

 立ち止まって振り向きたかったのは、いつの間にかわたしの日常が小山さんでいっぱいになって、周りが見えなくなりかけていたからだ。
 この日常的に心に在り続ける小山さんへの気持ちの正体が、元同僚としての情なのか、友人としての情なのか。それとも野良猫に餌付けをしている感覚なのか、異性として意識しているのか。それが知りたかった。

 結果、今こうして小山さんのことを考え、鳩尾の疼きを堪える羽目になっている。あの人の大笑いを引き出すことができないのが悔しい。あの人と共通の趣味を持ち、長い時間を過ごすことができる野島さんが羨ましい。異性として意識されていないことが悲しい。

 だからたぶんわたしは、小山さんのことが好きで好きで仕方がないのだろう。それが分かっただけでも、先輩に迷惑をかけた甲斐がある。



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