立ち止まって、振り向いて
まるでわたしが出てくるのを見計らったようにアパートの前に停まったタクシーに乗り込み、運転手さんに小山さんのマンションの住所を伝える。
後部座席で車窓を眺めながら、わたしはやっぱり、小山さんのことを考えた。
野島さんにはご迷惑をおかけしたけれど、訪ねて良かった。
小山さんから半ば強引に連絡先を聞き、自宅を訪ねるようになってからの数ヶ月。本当に目まぐるしくて、ずっと眩暈をしているようだった。だから野島さんにご迷惑をおかけしようが、立ち止まって振り返ることは必要だったのだ。
野島さんには後日ちゃんと、お詫びの品を持って行こう。何か美味しいものがいい。
そして小山さんには、ちゃんと伝えよう。わたしを異性として見てほしい、と。ゲームの才能がないわたしは小山さんと一緒に遊ぶことはできないけれど、もっとちゃんと一緒に居たいし、一緒に大笑いをしたい、と。小山さんのことが好きで好きで仕方がない、と。
小山さんの自宅マンションが視界に入って来るのとほぼ同時に、マンションの前に人影も見えた。
長身なのに、猫より丸い猫背のせいでそうは見えない人影は、紛れもなく小山さんで。わたしは安心してふっと笑ってしまった。
いつも通りニュートラルな様子の小山さんは、運転手さんに代金を支払い、タクシーが走り去って行くのを見送ってから、じっとわたしを見下ろし「おまえはいつも変なことをするね」と。呆れたような声で言った。
「たまには立ち止まって振り向いて、周りを見渡してみないと。いつも同じものばかり見ていたら、何にも見えなくなっちゃいますから。小山さんだってそうでしょう? うちの常駐SEを辞めて、見えてきたものもあるでしょう?」
「まあ、それはそう」
「だからちょっと、違う角度から見たかったんです。それだけです」
小山さんは「おまえといると飽きないわ」と、やっぱりちょっと呆れた声を出しながら踵を返し、わたしも後に続いてマンションのエントランスに足を踏み入れる。