濁った僕を抱きしめて
男が言った住所はひとつのアパートの住所だった。


この辺りには慣れていないからどこなのか全く分からない。
目の前にはタクシーがいくつかある。
タクシーを拾った方が早いのだろうか。


悩んだ末にタクシーに声をかけ、住所を言った。


「そこに行ってどうするんです?そのアパート、数年前に誰も住まなくなってるんですよ」


運転手さんの問いかけには答えず、ただ出してくださいとだけ言った。
俺の急いでいる様子を感じ取ったのか、運転手さんはすぐにタクシーを走らせた。


少し走ればアパートが見えた。
手前で止めて貰い、代金を払って車を降りる。


さて、どうしたものか。


取り敢えずアパートの裏側に回ってみることにした。
どこの部屋も電気はついていない。


ただひとつの部屋だけ、人影がうっすら見えた。


カーテンに遮られているから、はっきりとは見えないけれど、きっと人がいる。
立っている男と、座っている女の姿。
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