濁った僕を抱きしめて
家具も無くなった訳では無いから、この部屋を出ると言った感じがまるでない。


それでも引越す時特有の香りというか雰囲気というか、そういうものが漂っている気がした。


「……寂しい?この家じゃなくなるの」
「分かんないです」


ここを出ていく悲しさと、新しい場所への期待と、上手くやって行けるのだろうかという不安が心に混じっている。


最後に、と思って大きな窓を開けた。


今日はこの窓から暖かい光が差し込んでいる。


同じように暖かい光が差し込む日も、大きな雨粒が落ちていく日も、音もなく雪が降る日も。


雷鳴が轟く日も、今にも雨が降り出しそうな黒い雲が見える日も。


ふたつほどの季節をこの家で過ごしたことに気づいて、毎日があっという間だったなと思った。


拓海くんがわたしの隣に並ぶ。


窓から手を伸ばして、どこか冷たい風に触れている。


「……やっぱ、寂しいです」
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