濁った僕を抱きしめて







遠くに人の影が見える。


視界全体がぼやけていて、誰なのか全く分からない。


「誰……?」


その影に向かって歩いて行く。
確かに歩いているはずなのに、影との距離が近づくどころか遠くなっていく。


「どういうこと、誰なの」


世界にはわたしの声しか響かない。
誰も答えない。誰の声も聞こえない。


ここは何なのだろう。
わたしは拓海くんと車に乗っていたはずだ。


窓の外から見えていた景色もこんなものではなかった。


「……拓海くん!」


遠くに拓海くんの姿が見えた。
名前を呼んでも振り向いてくれない。
それどころかどんどんわたしを置いて歩いて行く。


あれは拓海くんじゃない?
いやそんなわけがない。
毎日隣で見た拓海くんだった。絶対にそうだ。


必死に走る。
転んでも転んでも立ち上がる。


ふと、拓海くんが振り向いた。


それと同時に、少しずつ晴れていた視界がまた曇り出す。
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