濁った僕を抱きしめて
世界から、音が無くなった気がした。
聞こえるのはわたしの荒い息遣いと、どくどくと鳴る鼓動。
雨が降り続いているはずなのに、わたしと彼がいるこの数メートルだけ、雨が降っていないみたいで。
かすれたわたしの声も、きっと届いた。
「……行き、ます」
目の前に腕が差し出される。
その手を掴むか掴まないか。
ひとつの選択でわたしの人生が決まるような気がした。
この手を振り払って、真っ当な人生を生きるか。
この手を握って、道を踏み外すか。
普通の人だったら、前者を選択するんだろう。
わたしはにやりと笑って、彼の手を精一杯握った。
そのまま彼に引っ張られて立ち上がる。
「……来るんだ?制服見るに、かなりお嬢様な感じだけど」
「行きます」
先程とは違う、きっぱりとした声で言った。
「どうなっても知らないよ?」
「いいですよ、もう。十分人生狂ってるんで」
彼は少し驚くと、地面に無造作に置かれていたわたしの鞄を持った。