凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜
室内は月光が当たる場所以外、ところどころランプが置いてあるだけで薄暗い。元々陰っている戸口の手前に浮遊する形で、黒いモヤが球体となって渦巻いていてる。
落雷によってどこかが燃え上がり、生じた煤かと勘違いしそうになるが、すぐにそのモヤの正体が姿をあらわにし、ふたりは息をのむ。
体の大きさは二十センチ程度、綺麗なドレスを身に纏い、美しい顔立ちの若い女。右足から短い鎖が下がった足枷をつけている。
「黒精霊」
恐れ慄きながら母親はそう呟いて、我が子を守るように腕の中にいる小さな体をぎゅっと抱きしめる。
黒精霊はその様子を感情の読み取れない顔で見つめていた。
やがて赤子が、火がついたように泣き始めると、感情の高まりに呼応するように清らかな光がふわりを舞い散った。
すると黒精霊は、ふらりと体を揺らした後、黒目がちな瞳でしっかりと赤子の姿を見据える。すると、廊下をこちらに向かって一気に近づいてくる足音がいくつか聞こえ、力いっぱい扉が開け放たれた。
まず部屋に飛び込んできた男性が黒精霊を見て、戸口で唖然と立ち尽くす。続けて姿を現した男女も同様に息をのむが、すぐさま攻撃体勢へと移行する。