凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜
男女は黒精霊に対して光の波動を放ったが、それよりも数秒早く、黒精霊が煩わしそうに手を軽く払い、濃厚な闇の壁を生み出した。
壁の向こうで「黒精霊め!」と男が吐き捨てた声など気に掛けることなく、黒精霊は赤子へと向き直ると、小声で呪文を囁きながら、爪の長い人差し指を己の口元へ移動させる。
細長い指に口付けをした後、その指先を赤子へと向けて弾くような仕草をした。
空中を滑るように黒い球体が赤子の元へ放たれる。咄嗟に母親が赤子を隠すように抱き寄せようとしたが、時すでに遅く、黒い球体はその力をしっかりと刻み込むように赤子の体内へと吸い込まれていった。
赤子は泣き叫び、母親と産婆は顔を青ざめさせ言葉を失い、黒精霊は表情一つ変えずに、その場から姿を消した。
闇の壁が消え去ると共に、三人が母親と赤子に駆け寄り、絶望や憤りの顔を浮かべる。
黒精霊の闇の魔力がまとわりついているのを見れば、この赤子、ルーリア・バスカイルが黒精霊から祝福を受けてしまったのは一目瞭然である。
そしてそれは、数多くの優秀な光の魔術師を輩出してきたバスカイル家にとって、あってはならぬことだった。