どうやら私、蓮くんに愛されているようです
買収計画が進められる中、仕事が早めに終わった蓮は、着替えを済ませ川辺へ向かった。
夜は流星群を観察するつもりで寝袋を持って出てきた。
星好きが集まる最高のスポットがあり、蓮もそこで観察しようと考えていたのだ。

ベンチに座り、持参したスケッチブックを開く。
視界に広がる夕焼けは、以前薫子から送られてきた写真と同じように、柔らかいオレンジ色だ。
蓮は夢中で鉛筆を滑らせた。

顔を上げると、パンツスーツ姿の女性が夕日を眺めるように佇んでいた。

見覚えのある後ろ姿。
蓮の脳裏に、薫子の見舞いに来ていた20代後半と思われる女性の姿が浮かんだ。

時折吹き付ける冷たい風になびく髪、夕焼けに溶け込んだその後ろ姿は美しく、その景色はまるで、広大なキャンバスに描かれた絵画のようだった。

その景色をスケッチブックに描いていく。

気がつけば、彼女が蓮の目の前に立っていた。

端正な顔立ちに、吸い込まれてしまいそうなほどの聡明な瞳。その瞳に見つめられ、蓮の心は大きく脈打った。

隣に座り、スケッチブックを丁寧に捲っていく。
見終わった彼女が、この絵を売ってくれと言った時には驚いた。同時に、微笑む彼女に見つめられ、思いっきり照れてしまった。

それまで " 自分の絵を売る" なんてことは一度も考えたことはなかったし、売るような価値はないと言えば、「どうして? 私にとっては凄く価値あるものだけど」と言い、あげるよと言えば、「ダメよ。これは貴方の大切な作品でしょ、無償なんてダメ」そう返ってきた。

足元に置いていた荷物が寝袋だと知れば、勝手にホームレスのような人生設定にされた。

彼女の言動一つ一つが突拍子もなく、驚かされることばかりだったが、蓮はこれまで味わったことのない心地よさを感じていた。

「私は堅石恵那、会社員」屈託のない笑顔で自己紹介する恵那。

彼女に恋をした瞬間だった。
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