心を捨てた冷徹伯爵は聖女(義妹)を溺愛していることに気づいてない
王宮に来た時にはマリアに合わせてゆっくり歩いてくれていたはずだが、今のグレイはすぐにでも帰りたいという様子で足早に歩いていたのである。
「歩くの遅くてごめんなさい」
「まだ小さいんだからしょうがないだろ。気にするな」
「お兄様、マリアを抱っこしていたら疲れない?」
「マリアは軽いから何も感じないな」
「もう帰るの?」
「ああ」
「お兄様……ミアのキスってなあに?」
「…………」
すぐに答えてくれていたグレイが途端に無言になる。
王宮の執事とガイルがチラリ……と横目でグレイの様子をうかがっている。
一瞬で空気がピリッとしたのがわかり、マリアはそれ以上聞いてはいけないのだと悟った。
チラッとガイルのほうに視線を向けると、マリアの考えていることがわかっているのかガイルは静かに頷いた。
ミアのキスがなんなのかは、あとでエミリーに教えてもらおう。
マリアは頭の中に明るくて優しいメイドの姿を思い浮かべた。
彼女ならばきっと笑顔で教えてくれることだろう。
この時すでに、グレイによって『ヴィリアー伯爵家ではミアのキスについてマリアに教えてはいけない』という規則が作られようとしていることに、マリアは気づいていなかった。