心を捨てた冷徹伯爵は聖女(義妹)を溺愛していることに気づいてない

97 俺の目の届くところにいてくれ


 なんでこんなに腹が立つんだ。


 グレイは今まで感じたことのない深い怒りと不快感で頭がおかしくなりそうだった。
 これまでも苛立ったことは何度もあるが、これほどまで心の中が真っ黒になり息苦しさを感じたことはない。

 暗い感情に胸が押し潰されそうで、グレイは無意識のうちに胸に手を当てていた。


「…………」


 馬車の中。正面に座っているマリアは、チラチラとグレイの様子を窺っているものの何も声をかけてこない。
 グレイはそれをありがたいと思っていた。

 いつもなら癒されるはずのマリアを見ても、黒い感情が消えない。
 また知らない間にマリアがいなくなり、さっきのような状況になったら……と想像するだけで、さらに胸が苦しくなる。



 目を離したらまたいなくなってしまいそうだ……。


 
 グレイは深く考えることなく、マリアに告げた。


「今夜は俺の部屋で寝ろ」

「……はい?」


 ずっと眉を下げたままだったマリアが、黄金色の瞳を丸くしてグレイを凝視した。
 暗い馬車の中で、黄金の光がやけに輝いて見える。

 マリアは一瞬戸惑いを見せたが、すぐにコクッと頷いた。


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