愛しているから、結婚はお断りします~エリート御曹司は薄幸令嬢への一途愛を諦めない~【試し読み】
 そしてふたりっきりになるやいなや、向こうから声がかかった。

 「久しぶりだな。柚花」
 
 優しい笑みを浮かべる彼。
 
 私たちが別れてから五年半も経っている。それなのにあの頃と変わらない笑顔に私の胸が締めつけられた。
 
 そのせいか思わず昔の呼び方が口から漏れた。

 「公士……くん」

 すぐに気が付いたが遅かった。相手の耳にしっかりと届いてしまっている。

 「よかった。一応覚えてはいたみたいだな」

 忘れられるはずなどない。私がこれまでの人生で唯一好きになった人で、今もなお心の奥底に居座り続ける相手なのだから。





 初恋――甘くて酸っぱい誰もが経験する初めての恋。

 そして実らないもの。

 いつしか美しい過去になり、時々取り出しては懐かしむ。一生に一度誰もが経験する淡い優しい思い出。

 しかし私の初恋は、いまだに終わらずに胸の中にくすぶっている。

 何度も忘れようとした。しかしどんなに努力しても、忘れることなどできなかった。

 そしていつしか諦めた。もうずっと彼への想いを胸に抱いて生きるのだと、それでいいと決めた。

 吹っ切れた後は、あの輝く日々が生きる支えとなった。
 
 たとえそれが未来に続かないとわかっていても、思い出すだけで心の中をあたたかくしてくれる。過去の恋は色褪せず束の間の小さな幸せを運んできてくれた。
 
 それで十分だった。現実がつらくても避難場所があるだけで、心を強く持っていられた。
 
 大丈夫。まだ、大丈夫だから。
 
 ずっとそういう日々が続いていくのだと思っていた。

 あの日までは――。

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