おいで、Kitty cat
こんなところで、同僚に見つかるなんて。
いや、そういえば、最寄り駅が同じだった気もする。
迂闊だった――……。
「家、この辺りですか? そういえば、帰りも見かけたことあるような……その、弟さん……ですか? 年の離れた兄弟がいらっしゃったんですね」
――なんて思う必要、どこにもないって分かってるでしょ?
「……いえ」
不躾な質問だ。
帰りに見かけても声をかけられなかったのに、よりによって今話しかけたのは、余計なお世話の好奇心からだって知ってるよね。
だから、怯むことない。
恥ずかしがることなんてない。
永遠くんとの関係に、言い淀むことなんか何もない。
だって、弟と手を繋いでたわけじゃ――……。
「……先に行っとくね。……清瀬さん」
――なかったのに。
そこで、こんなにも傷つくのは狡い。
その手を離したのは、私の方なのに。
でも、大丈夫。
私、サイボーグだよ?
どんなに胸が痛くったって、押し潰されるように苦しくても。
「……うん……」
教えてなかった苗字で初めて呼ばれたからって、顔になんか出るわけない。
「すみません。用事があるので」
永遠くんの背中が他の人混みに隠れてから、さもこの後の展開に興味津々の顔に背を向けた。
『先に行っとくね』
それは、追いかけてもいいのかな。
そんな都合のいい解釈をしかけて、やっぱり無理だった。
「清瀬さん」にはなりたくない。
それもまた、勝手な屁理屈めいた我儘だけど。
・・・
走って、走って。
目的地は家じゃなかったし、理由も雨がどしゃぶりになってきたからではなかった。
それどころか、自分でもよく分からない。
やろうとしていることは、かろうじて何だか理解しているけど、考えても意味不明でしかなかった。
髪も服も肌に張り付いた目も当てられない姿で、同じ場所で売っている傘のことなんか、どうだっていい。
何なら傘立てだって目に入ったし、この時期は入口近くに置いてあったりもするけど、別にいらない。
それを言うなら、近場のコンビニなんて道すがら何軒もあった。
(……馬鹿みたい。でも、ここじゃなきゃ意味ない)
ここじゃなきゃ。
永遠くんが私を見つけてくれた、このコンビニじゃなきゃ。
私が欲しいのは、いつもずっと――今だって、あのアイスだけ。
なのに。
(永遠くんはいないんだ)
何度ケースの中を探したって、ないものはない。
諦めきれず、何度開け閉めしたって変わるはずない。
だって、これまで運良くせしめたと思ってたのは、きっと永遠くんがこっそり確保してくれたから。
永遠くんがお店を辞めてからも、何となくゲットできていたのは、それこそ奇跡みたいな幸運だっただけ。
それなのに、私はそれが当たり前みたいになって。
なくても別にいいか、くらいに思ってて。
たかがアイスだと思えば、それも悪くはないんだけど、でも。
(もう、永遠くんはいないんだ)
いつの間にか、代わりなんてなくなって、それにどれだけ救われてたかを知って初めて、自分の気持ちを認めることの方がずっと楽だったと思い知るの。
――大好きだって受け容れることの方が、失う痛みに比べたら、ずっと。