おいで、Kitty cat
「え……あの、なんで……」
私なんだろう。
そんな疑問が浮かぶことを想定してなかったのか、彼は慌ててきょろきょろして――ペンがないことに気づいて、ポケットに入ってたスマホを取り出した。
『好きだから』
「いや、そうじゃなくて……」
「一緒にいて」なんて、好きじゃないと――好きでもなかなか言えない言葉。
それは分かってるけど、どうして好きになってくれたのかが謎すぎる。
『すみません。僕、あんまり喋れなくて。筆談でごめんなさい』
「あ……そうでもなくて。それは全然」
気にするところじゃない。
メモを渡された時点でなんとなく察したし、スマホのメモを見せてくれて確信してた。
「……その。なんで私……? ……初対面、ですよね」
くしゃっと目に僅かな皺が寄って、胸がズキッとした。
その笑顔はものすごく複雑な感情が混じり合ってできたものだと、こんな私にも分かるくらい表情豊かだ。
『あなたには。僕は、前見かけて。一目惚れ、気持ち悪いですか』
「……そ、そんなことないけど……。でも、あなたに一目惚れされるようなのじゃ……」
声なんか聞こえなくても、気持ちが伝わるくらい温かい。
普通なら遊ばれてるとしか思えない状況なのに、心から愛されてると脳が錯覚しそうになる。
『どうして。そんなことないです。俺、本当に好き』
「ど、どうしてって」
「俺」を後からパッと消してしまったのが、妙に生々しい。
流れるように速い指の動きも、焦ったような顔も。
どっちでも構わない一人称よりも、ずっと気になって仕方なくなる。
『それだけ、あなたには何でもないようなことだったんだと思う。でも、僕には』
そこで初めて迷ったのか、指が画面から浮いて。
覚悟を決めたように、軽く頷いた。
『格好よくて綺麗で、頭から離れなかった。憧れだって思おうとしたけど、できなかった。それ、一目惚れって言ったらだめ? 』
「ダメっていうか。人違いでは……」
心当たりがなさすぎる。
意識したって綺麗で格好よくなんてなれないのに、覚えてもいないなんて、やっぱり別人に違いな……。
「……っ……」
自分の声の他に、何も聞こえなかったから?
それが自然すぎて、油断していたのかもしれない。
どんなに若くたって、男の人だっていうのに。
――こんなに距離を詰められるまで、最初からすごく近くで話してたんだって気がつかなかった。
「……え……? 」
動揺して、迂闊だったと後悔したのが恥ずかしくなるくらい、私の背にある壁に触れた指先があっさりと離れた。
つまり、彼はそんなつもりじゃなくて。
もともと、壁ドンなんて乱暴なものじゃなく、そっと指を置いてただけだったんだ。
『間違いない。合ってる』
首を振るだけじゃ伝わらないと明らめたのか、もう一度スマホを持つと、そう文字を打ち込んだ。
それでも私が理解できてないと思ったらしく、またすぐにもう一度。
『あの時会ったのも。今、好きだって確認したのも』
ほっと、少し残念がったのも。
やっぱり律儀に頭を下げたのを可愛いと思う暇もなく、彼は続けた。
――あなたなんです。迷惑ですか。