おいで、Kitty cat
可愛いスキル
「……ずるい……」
白いシーツの上で、じとっと見上げる永遠くんの可愛さこそ狡いと思う。
「……そ、そんなこと言われても……ごめん」
「狡い」は納得しかねる部分もあったけど、私のせいであることだけは確かだ。
二人とも雨に濡れたのに、永遠くんだけ風邪を引いたのも。
「……ん」
「……? 」
その「ん」、最初は謝罪を受け容れたってことだと思ったけど。
軽く顎が上がって、なぜか目を瞑るから他に意味があるのかと考え込んでいると。
伝わらなかったと、永遠くんはちょっと不機嫌そうに目を開けて、側にあったスマホを手繰り寄せた。
『ごめん、いらないけど。お詫びのちゅーはいる……』
「……!! 」
さすがに、言うのも文字にして改めて見るのも照れたのか、永遠くんの頬がほんのり染まる。
羨ましいくらい白くて綺麗な肌が、じわじわ赤みを帯びていくのを硬直して見守ってると、やがて彼は苦笑して。
「……いってらっしゃい」
ベッドに横になったまま、下から私の両頬を包み込むとそっと額にキスしてくれた。
(どっちが狡いの……)
たった今、真っ赤になってたのは永遠くんの方だったのに。
「ずるい」って拗ねた時の声は、甘えるように可愛く聞こえたのに。
苦笑いをした声も、ふっと吐いた息も、私の顔を自分の方へとそうっと傾けた時の仕草も。
どれも落ち着いていて、こっちが泣いて拗ねたくなるくらい大人っぽかった。
「……いってきます」
「……っ、あ」
頬にギリギリのところ。
寄せただけで、唇が触れることはなかったのに、慌てた声を出すのはやっぱり可愛くて愛しかった。
「……いじわる。ず、るいよ……」
でも、笑ったのはそうじゃない。
キスしてしまわなかった理由が、ただ「口紅塗っちゃったな」だったのが自分で面白かっただけ。
永遠くんにも不快かもしれないし、私も何だか汚してしまうのを躊躇ってしまった。
「永遠くんの方が狡いよ」
格好よくて可愛くて、まっすぐ想ってくれるのが伝わってきて狡い。
以前なら絶対考えられなかった、こんなに年下の子に自分からキスしてしまうことが。
罪悪感や背徳感を押し退けて、こんな私が「好きだから」でできてしまうことが。
そんな私自身すら知らない部分を、どんどん発掘していってしまっちゃうのが、ものすごく狡い。
「仕事したりしないで、ちゃんと寝てて。何かあったら、連絡してね」
「……子ども扱いしないでって言ったのに」
布団をポンと叩くと、恨めしように下から睨んでくる。
「してないよ」
子どもじゃないから、後ろめたかった。
私にとって、男の子じゃないんだって覚悟できた。
「あ、何か食べたいものあったら、買ってくるから……」
後ろ髪を引かれないように、もう永遠くんを目に映すのをやめようと背中を向けたら。
「いらない。……早く帰ってきて……」
後ろから手首を掴まれて、甘く懇願されてしまった。
「……っあ、ごめ。ごめん……む、無理して急がなくていいから、あの。でも……やっぱり、早く会いたいの
どうしようもないかも……」
慌てたようにそこまで一気に喋って、最後にまた小さく掠れた「ごめん」。
無意識に強請ってしまって我に返ったような、意識して考えた後もやっぱり変わらなかったと言われたみたいで。
「……分かった」
(……ずるいよ)
――私、どんどん人間らしくなってくみたい。
息が苦しい。
なのに、心地よくて幸せ。
そんなの矛盾しすぎていて、意味が分からない。
でも、もしかしたら、こういうことなのかもしれない。
ちゃんと呼吸をしてなかったら、この息苦しさに気づくこともないんだ。
それを優しく教えてもらえたから、こんなにもドキドキが心地いいと思える。
それが永遠くんだったから、意味不明なほど頭真っ白になるくらい幸せだと感じてる。
「あ、本当に無理はしないで……」
「……早く帰りたくなった。永遠くんのせい」
それどころか、これ以上ここにいると仕事なんて行きたくなくなる。
「……ん。嬉しい」
どちらかというと一定のトーンの永遠くんの声が、背中で弾む。そのうえ、
「……ありがと」
本当に嬉しそうに、「ごめん」をそう言い換えてくれたら。
もうどこにも触れられていないのに、背中から心臓がこんなにも熱をもっていく。
「好き」を言わないでくれたのは、仕事に行かせてくれるためかも――そんな、きっと間違いでしかない思い上がりが過るくらいに。