おいで、Kitty cat








『寂しいです』


甘えっこのLINEに頬が緩む。
昼休みとはいえ、休憩を取ってるのはもちろん私だけじゃない。
気をつけようとは思っても、顔の筋肉が動いた気がした。
本当に機械じゃないんだな――そう思ってしみじみしてると、既読になったことに気づいたのか、慌てたように次なるメッセージが来た。


『でもそれも、さくらに再会できなかったら』

『付き合えなかったら、生まれなかった感情だから』


「再会」を訂正したのは、ほぼその直後。


『その気持ち、いいこに堪能して待ってるね』


「待ってるね」と続いたのは、やや遅かった。


『私も、いいこで仕事してるよ』


永遠くんの言葉選び、早く伝えたいって言ってるみたいだったり、迷ってるのか慎重になってるような間隔。
胸を貫かれるみたいにドキッとしたり、ほんの少し空いた間を焦れったく感じてしまったり。
白い頬を赤く染めて送ってくれたのかな、とか。
それとも涼しい顔で、ちょっと拗ねてしまいたくなるくらい意地悪な顔してるのかなとか。
たった数行のやり取りで、こんなにいろんな想像が駆け巡るの。
これが恋なんだと自覚して、認めたら。
この気持ちを抱くことを自分に許したら、きっと私、ニヤニヤがやめれてない――……。


「お疲れさまです。何だか、すごく嬉しそうですね。……あ、もしかして、噂の弟さんですか? すごく、仲がいいって」


(……よく、そんな笑顔作れるなぁ)


あの時、永遠くんは私を苗字で呼んだ。
その時点で、彼が弟なんかじゃないことはすぐに分かったはずだ。
若いとはいえ、二十代の男性が、姉と手を繋いで歩いてる方が珍しいだろう。
ううん、そんなことは最初から気づいてるうえでのこの笑顔だ。
だって、本当に弟だと思ってるなら、そもそも噂なんかになりようがない。


「弟なんていないです」


でも、ご希望なら言ってあげる。
そしたら今度は、「遊ばれてる」とか別の噂に変わってくんだろうけど。
そんなに簡単に見通せる未来なら、傷も浅くて済むんだから。


「彼氏です。……噂の」


永遠くんから手を離されたあの痛みに比べたら、ずっと小さい。
あんな顔をさせてしまった永遠くんの傷よりも、ものすごく浅いもの。


『そっか。じゃあ、永遠くんがいいこでいられる、おまじない』


子ども扱いするなって言ったくせに、また随分可愛い表現だ。


――好きって、言ってよ。


「……清瀬さん? 」


笑顔は難しかったけど、せめて颯爽と去っていく予定だったのに。
ぎょっとしてスマホを見つめたまま、一歩も動けなくなった。


『本当は声聞きたいけど、我慢する。だから、文字で好きって言って。会社で』


「……あ、いえ。お疲れさまです」


『ね、さくら』

『二文字だよ? はーやーく』


どんどこ催促が飛んできて、その二文字がなかなか打てない。


(〜〜こっちの状況も知らないで……! )


そそくさと休憩室を出るのは、予定よりもかなり格好悪くなっちゃったけど。


『好き』


一息吐いてやっと打てた、何の飾りもない文字は。


『うん』

『すごく効いた』

『約束どおり、さくらが帰ってくるまでは、いいこにしてる』


ちゃんと、おまじないの効力を発揮したらしい。


(……帰ってくるまで“は”? )


――もしかしたら、想定外の意味でも。






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