おいで、Kitty cat
・・・
「いいこにしてたんだよ」を、何度聞いただろう。
後ろから抱きしめられては、正面からすっぽり包まれては、ようやく座れたと思ったら膝枕を求められては。
一番困るのは嫌じゃないからで、甘えては甘やかされて脳が正常に動いてくれなくなることだった。
「ほ、本当に治ったの? 」
「ほんと。ずっと寝てたし」
何か、「ずっといいこにしてた」を覆す何かがないと、私の方が熱を出してしまう。
あら探しをするように目を走らせると、ベッドの上に置かれたタブレットを見つけた。
「仕事してた? 」
『してない』
「でも、ベッドにあったよ。寝てなかったでしょ」
『嘘じゃない。ちゃんと、寝転がってた』
大したことじゃないのに、変な理屈を述べるのは怪しい。
それになぜ、今頃筆談になるんだろう。
「……見せて? 」
「…………やだ」
(……あ。声に出した)
ということは、本当に嫌なんだろうな。
無理やり話題を換えたくて言っただけだし、嫌がってるのに見ようとは思わないけど。
そう言われてしまうと、ちょっと――すごく寂しい。
「……っ、違う! 」
「え? 」
もしかしたら、ものすごく大事なものか、触れてほしくなかったことかも――そう思って手を離すと、永遠くんがぎゅっと私の手首を握った。
「さくらに見られたくないとか、触ってほしくないとかじゃない……恥ずかしいだけ」
「……あ……」
(私、今……)
ひょっとして、すごく悲しそうな顔してた……?
「ご、ごめん! 誰にだって勝手に触れてほしくないものがあっても当たり前なのに。本当にむ……」
「……うん。もちろん、あるよ。寧ろ俺は、他人に触れてほしくないもの、見てほしくないものばかりかもしれない」
「無理しないで」を遮って、頬に触れられて初めて気付いた。
私、俯いてた。
無理しないでとか言いながら、感受性の強い永遠くんならすぐに分かってしまうくらい、落ち込んでた。
アピールだと疑われても仕方がないほど申し訳ないのに、優しく笑った永遠くんの声色にほっとしてしまう。
「でも、さくらには嫌じゃない」
欲しがってる言葉をすぐにくれる永遠くんに、甘えてしまう。
「さくらだから、恥ずかしいってだけ。……でも、そうだね。さくらのおかげなのに」
「そ、そんなことない。もしも何か役に立ててたんだとしても、だからって見せなくちゃいけないなんてことは……」
「……ん」
頬をすっぽりと包んだままで、こんなにも一瞬で親指だけ唇まで滑ることができるんだな。
実際には触れるか触れないかのところを探るように、ほんのちょっと掠めただけだったかもしれない。
それでも、私はドクンと鳴った心臓の衝撃で、それ以上何も喋れなくなる。
「好きじゃないかもだけど。見てくれる? 」
「……いいの? 」
何度か飲み込もうとして出てしまった言葉に、またクスッと返した永遠くんは、「ん」とタブレットを差し出して。
「……あ……」
画面に広がった光景に、息を飲むしかできない。
昨日、デートで見たままだ。
キラキラ輝く木漏れ日、眩しいくらいの緑、雲と混じり合った淡い水色の空――全部、私が見て感動した景色、そのままだったから。
ひとつだけ違うとすれば、ベンチに座って寄り添っているのが、大きな白猫と小さな黒猫。
きっと、どっちも仔猫だ。
どうしてそう思ったのかは分からないけど、二匹の背中はとても幸せそうだった。