おいで、Kitty cat







ほんのちょっと前まで、マンションの階段を上ると、ドアの前に大きな仔猫がいたのにな。
ううん、それを言うなら、永遠くんに出逢ったのだって、ついこの前のことだ。
出社日が増えた彼は忙しそうだけど、彼の希望で前進できたんだと思えば喜ぶべきことなのに。

私は、やっぱり寂しいって思ってる。

リモートだって会社に行ったって、仕事してることには変わりないよ、とか。
詳しい業務内容も、上司とのやり取りも知らないくせに、自分勝手で我儘で、独占欲としか言いようがなくて嫌になる。


「……あ、いた。おかえり」

「帰ってきたの、永遠くんだよ」


ドアを開けたのは私なのに、そんなことを言われるとくすぐったくて笑ってしまう。


「ん。だから……ただいまも言わせて」


なのに、わざわざ断りを入れたのには笑えない。
その意味を私は分かってて――きっと、永遠くんの手が伸びてくる前から気づいてた。


「……お、おかえり」


ただゆっくり唇が重なっただけで、未だに私は棒立ちのままだ。
そんな私に笑って、「中に入りたいな」って小首を傾げる永遠くんは、意地悪で可愛いくて。


「ただいま」


慌てて後ろを向いた私を後ろから抱きすくめて、そう囁くのは。

――ちっとも可愛くない。なのに、好き。

抗議がないことに不思議そうにして、遅れて、「嫌だったのかな」「怒らせたかな」って動揺している永遠くんは、やっぱり可愛かった。

どっちも、好き。

もちろん、笑って怒ってないアピールをする私に、拗ねてみせる永遠くんも。




・・・




「疲れた」


って、くっついてくる声は、どちらかというと楽しそうで妬けてしまう。


「お疲れ」


ソファで後ろから抱っこされて、刺さりまくる視線に気づかないふりを決め込んでいた。
だって、今振り向いたり見上げたりしたら。
きっと、それがバレてしまう。


「元気そうって思った? そうかも。だって、面白いことあったから」

「面白いこと? 」


前半は流すことにした私に、声を立てて笑ったくせに。
「うん」って、そこには触れないでくれた。


「急にスーツ着て出社してきた理由。みんな気になってたけど、今まで聞かないでくれたみたい」

「スーツ、必須じゃないの? 」


初めて聞いた。
いや、そういう社風なんだと思って、特に疑問を持たなかった。


「強制じゃないんだ。もう少しカジュアルでも、全然問題なくて。たぶん、そっちの方が多いかな」

「……スーツ好き? 」


ううん、あの日、永遠くんは窮屈だって言ってた。
でも、それじゃ、どうして――……。


「まさか。だから、みんな不思議がってた。でも、俺のなかでは決まってたんだ。少なくとも、初めて着たあの日は絶対」


(もしかして、私が無理させたんじゃ……)


「スーツ着て、さくらの隣にいたかったから」


私は、ラフな格好の永遠くんも好き。
勝手な主張したくなって振り向いたけど、真剣に悩んでたと思うと言えなかった。


「あの時ね。ぶつかってよろめいた時、本当は俺が支えたかった。他の男が差し出した手、振り払って間に入りたかった。別に、そんなのスーツじゃなくてもできたんだろうけど、どっちにしてもまだ距離があって、間に合わなかったんだろうけど」


そうだよ。
それは絶対、単純な距離の問題。
なのに。


「追いつけなくても構わない。間に合わなくても、駆け寄ればよかった。一瞬でも迷ったことを後悔したから。……もう二度と、しない」


行き場を求めていた手を、そっと取って。


「さくらも、手を繋いでくれた。すごく、嬉しかったんだよ。……だから、もう二度と。どんな格好してても、もしまた、上手く喋れなくなっても」


掌に口づけられたのは、まるで――……。


「……絶対迷わないって、自分に誓う」


――誓い、そのもの。










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