おいで、Kitty cat
嬉しいと笑う永遠くんは、言葉よりも無邪気に見えると思ったはず。
なのに、そのすぐ後にはもう、空気が震えるくらい真剣な表情に戻っていた。
ピリ……と張り詰めた空気は、これまでのふわりとした永遠くんの雰囲気とは違ったけれど、不思議と「ああ、永遠くんだ」とも思った。
だから、怖くはない。
もう戻れないなと覚悟したのは、彼には言えない事実。
でも、もう何度したか分からない再確認は、今まで一番早く終わった。
永遠くんが好きだ。
だから、このままがいい。
永遠くんが私の為に悩んで迷ってくれた分、私は悩まないし迷わないでいられる。
「……すき」
「……っ」
息を飲むのが聞こえて、唇から漏れたのに気づいたみたいに。
意識していなくても、私は心に決めていたらしい。
『何もしません。ご希望ならします』
私の希望どおりだ。
『だから……』
――いっしょにいて。
「……さく……」
掠れかけた語尾が、チャイムの音に掻き消される。
(……お約束……)
「う、うるさいから出るね」
セールスか何かだろうし。
いつもは出ないけど、しょぼんとしてしまった永遠くんを見るとさっさと終わらせた方がよさそう……。
「はい」
『あっ、お姉ちゃん? 近くに来たから泊めてー』
……と思ったのに。
「……だ、だめ」
『えっ、なんで!? 近くで飲んでたら遅くなっちゃって。帰るの面倒くさいから泊めてよ』
「だめって言ったらだめ。終電まだあるじゃない」
『えー、なんで? っていうか、せめて開けてよ。妹を門前払いってひどくない? あ、さては男だなー!? 』
(……当たりだし、隠してないけど! )
エントランスで男だなんだと騒がれたくない。
「……えっと……ごめん。すぐ帰らせるから」
こくんと頷く永遠くんは、明らかに緊張してる。
門前払いは悪いかもしれないけど、約束もしてないのに来るのも悪い。
第一、まだそこまで遅くなければ、妹も大人だ。
「もー、遅いよ。家に何隠して……」
「隠してない。今……」
細く開けたドアの隙間を縫って、桃子の目が玄関にあった永遠くんの靴の上で止まる。
「えー! 本当に男なの。御赤飯……! ちょ、ちょっとご挨拶……」
「なんで御赤飯……いきなり迷惑だってば……! 」
ガッと靴で隙間から侵入され、あれよという間に押し入られた。
「……あの……」
「と、永遠くん。ごめん……! すぐ……」
(永遠くんと、うちの妹の相性は良くない気がする)
仲良くなれないとかじゃなくて。
永遠くんが圧倒されてしまう。間違いなく。
「……や、えっと。俺が……でも、その前にご挨拶……しないと」
私の後ろで、大きな身体で縮こまってる永遠くんが不憫だ。
初対面、彼女の家族がいきなり乗り込んできて、さっきとは別の緊張MAXなのが伝わってくる。
「え……、彼氏、若っ!! しかも格好いい……」
「す、すみません……」
妹のスピードと勢いに、完全に圧されてる。
無理もない。私だって、ついていくのに苦労するんだから。でも。
「永遠くんが謝ることないよ。……帰ることもない、から」
格好いいはもちろん、若いにも謝罪はいらない。
寧ろ、こっちが失礼すぎる。
「……ん。でも、妹さん追い出しちゃ可哀想だよ」
「……でも」
納得がいかない。
ううん。勝手に来てそれもそうなんだけど、これは、もっと単純に……。
「……っ、わ、分かった。邪魔しちゃ悪いから今日は帰るね! また今度、ゆっくり紹介して」
「……そうしてくれると助かる」
――永遠くんが帰るのは、嫌。
また、顔に出てるって言われるかな。
そんな私の頭をぽんぽんする永遠くんは、すごく優しい大人の顔してた。
あのパワー全開の妹が、照れて引いてくれるくらいに。
「……悪いことしちゃった」
「全然。約束してなかったんだし」
バタンと閉まったドアを見て、ポツリという彼にくっついたのはお願いだったかもしれないし、不安だったからかもしれない。
「……びっくりさせちゃった。ごめんね」
その言葉の意味を深読みしてしまいたくなるくらい、抱きしめてくれる力はあまりにそっとだ。
理由なんてとても尋ねることはできなかったけど、事実。
その夜は、それ以上何もなかった。