おいで、Kitty cat














『今日、出社日。遅くなりそうだけど、できるだけ家でやりますって言ってみる』


いきなり来てた「パワーちょうだい」ってメッセージに困惑して何があったのか聞いてみた。
会社で残業したくないって主張してみる勇気が欲しいってことらしい――私の為に。


『欲しいのと違う。欲しいのは二文字だよ。前も言った』


無理しないでね、はご所望じゃなく。
きっと拗ねたんだろうなって、すぐ分かるスピードで返ってきた。


『好き。ちゃんと待ってる』


希望どおりだったのが意外だったのか、それとも素直に気持ちのまま、一瞬で返してしまったからか。
次の永遠くんの返信は、結構遅くて。


『うん』


だけだったのが少し寂しい。
そう思ったのがバレたのか、同じ二文字を私にもくれた。


「あ、清瀬さん。やっと捕まった」

「……え? 」


帰り、のんびり通路を歩いていたところに声を掛けられて、慌てて表情を引き締める。
ものすごい顔してた自覚はある――それを社内でやってしまうくらい、私はもう誰にどう思われようとどうでもよかった。
それよりも一刻も早く永遠くんの文字に触れたいと思ってしまうのはものすごく重症で、きっとあまりに普通のことなんだと思う。


「あ、いえ。話しかけようと思えば、いつでもできたんですけど。仕事の話じゃないのに、席まで行くのもなんで。かといって、終業後はいつも急いでるみたいだったから。今日は大丈夫ですか? 」


確かに、このところ毎日猛ダッシュで帰る。
しかも、スマホを見てニマニマした後に。
さすがに、人目を気にしないにも程があるかも。


「いいんですよ。誰だって、早く帰りたいですし。それより、これ。ずっと持ったままですみません」

「あ……」


自分の酷い顔を想像して曖昧に頷くと、フォローしてくれた後に渡してくれたのは、失くしたと思ってたリップ。
あれって、永遠くんが迎えに来てくれた日にバタバタしててどこかに落としたと思ってたのに。


「あはは。この前ぶつかったの俺だったんですけど、覚えてます? 」

「……!! す、すみません。そんなつもりでは」


そんなに「なんで持ってるの」って疑問いっぱいの顔をしてただろうか。
捨ててくれてもよかったのに、わざわざ取っておいてくれた善人に対して、勘違いも甚だしい。


「よく分かんないけど、それ高いやつでしょう? それに、デートの前につけたくなるくらい、気に入ってるんですよね。だから、返さなきゃと思って」

「本当にすみません」


そうだった。
デートの前だからって仕事終わりに塗り直したくせに、一分一秒でも早く会いたくて、ポーチに入れずにバッグに投げ入れたから。


「謝ることないですよ。彼氏いるってその瞬間に分かって、おまけに直後に現実突きつけられたのに。それ話しかける理由にしようって、持ってただけですから。はい、どうぞ」

「……え……」


掌に乗せてくれたリップを落としそうになって、ぎゅっと拳を作っても間に合わない。
そんな私に、彼はまた笑って下からそっと私の手を掬ってくれた。




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