おいで、Kitty cat
あの後、気まずいエレベーターの中でも、降りた後も。
彼は何も言わずに、笑って「お疲れさまです」と背中を向けてくれた。
それは、優しさなんだと思う。
でも、私からは何も言えることがなくて、言うこともできなくて、胸がモヤモヤした。
「……お疲れ? 」
「……あ、うん。お疲れさま」
何か言ってくれたら、断れたのに――そんな自分勝手な言い分が浮かんで、必死に頭をクリアにしようとするけど、上手くいかない。
「うん。でも、そうじゃなくて、こっち来て」
「……? 」
やっぱり永遠くんの方がちょっと遅くて、出迎えたのは私の方だったのに。
玄関先で、中に入らずにこれ以上どうそっちへ行けばいいんだろう。
「何かあった時くらい、会った瞬間甘えてよ。仕方ないから、まずは俺から甘えるね」
「わ……っ」
一段低いところから腰を抱えられて、僅かに爪先が浮く。
重いから絶対に嫌だと必死に抵抗する私に笑って、「素直に甘えとかないからだよ」って抱きしめてきた。
「……ん……」
抵抗する気にもなれなくて、こくんと頷くだけで終わってしまうなんて、重症なのは間違いなかった。
「……ねぇ、本当に俺が甘えていいかな」
永遠くんも何かあったのかもしれない。
私の異変にはすぐに気づいてくれたのに、私はちっとも分かってあげられないなんて。
「ごめん。永遠くん……」
「謝らないで。今から、すごく勝手なこと言うから」
それなのに、こんなにくっついて。
何もかも、言葉どおり重い――……。
「俺ね。さくらに、もっと頼ってほしい」
「……え……」
まるで本当に甘えられてるみたいな目が、下から捕らえて離してくれない。
いつの間に見上げられてるんだろう――そんな、どうだっていいことばかり考えてるふりをしてる。
「頼ってもらえるようになれ、っていうのはごめん。頑張ってるんだけど、まだまだでごめんね。でも、話聞くくらいはできるから。それでちょっとくらい楽になってって、そんなの勝手で我儘で、甘えだって分かってるから」
――だから、甘えさせてよ。
「永遠くんが頼りないんじゃないよ……! ごめん。私、人にどう甘えていいのかよく分からない」
「……ん。分かるよ。他人に甘えるのって勇気要る。自分を見せなきゃいけないんだから、怖いの当然だよ。俺のこと信じられない? ……なんて、言うつもりもないし思ってもない。ただ」
それなら、永遠くんはどれくらいの勇気を持って、私に「甘えたい」って言ってくれたの。
「そんなさくらも見たいって、俺の我儘」
永遠くんに会って、好きになって、好きになってもらえて。
私の涙腺は、どうにかなっちゃったのかもしれない。
「……なんか、疲れちゃったみたい」
「だね。お茶淹れていい? ゆっくり飲んで、話せそうだったら話して。あ、そうだ。いつかみたいに、今度は俺が膝枕してあげる。あんまり、気持ちよくないかもだけど」
「……そ、それは……」
良くも悪くも、モヤモヤなんてどっか行ってしまいそう。
「じゃあ、抱っこしてぎゅー、だね。ダメ、それは譲らないから。甘えるの俺だって、忘れないで」
甘々のちょっと鋭い「ダメ」が飛んできて、可愛すぎて笑ってしまう。
「笑った。可愛い……っていうのは、事実と好きから来てるけど、俺の前では泣いてもいいんだよ……は、独占欲とエゴ由来だね。でも、いつか……」
永遠くんの優しい冗談に笑って、胸が締めつけられる感覚を味わって。
涙が落ちていくのに驚く。
「とっくに、だよ」
そんなの、あの日雨の中で抱きしめられてから。
とっくに、自分に許していた。