おいで、Kitty cat
馬鹿だ。
大馬鹿だ。
「覚えてる? 会社に迎えに来てくれた時に、私がぶつかった人」
「……っ、忘れないよ。忘れるわけ、ない。それで、その……」
途端にしどろもどろになって、腕の力が急に抜ける永遠くんに、今度は私がぎゅっとしがみつく。
「好きな人がいるのに、今頃困るなって。ものすごく自分勝手にモヤモヤしてたけど、それが今な理由ってすごく自然で当たり前だった」
――今、永遠くんがいるから。
「永遠くんが一緒にいる私。永遠くんを好きな私が、きっと……その。前よりは魅力的に見えたんじゃないかなって。そんな結論に至って……そんなわけです」
何にしても、すごい自惚れ。
ただ、からかわれただけかもしれないのに、一人で悶々悩んで、勝手に答えを出したりして。
でも、合ってると思う。
永遠くんといて、笑うことも増えた。
寂しくて、時に悲しくて、人前でも弱い私を隠しきれなくて。
そんな私は、人間ぽくなれていたから。
「さくらが俺なんか認識してなかった頃から、俺は綺麗だと思ってた。そんな一番乗り、何の意味もないし。そもそも俺が最初だったとは思わない。……でも、彼氏俺だもん」
「うん」
しまった。
また「可愛い」って思ってしまったうえに、思ったのを誤魔化す気にもならなかったせいで、染まった頬がぷいっと横を向いた。
「誰がどんなふうに私の印象を変えても、私が好きなのは永遠くんだよ」
なのに、すぐにまたこっちを見てくれる永遠くんも、やっぱり可愛い。
アンドロイドの私を好きになってくれたのは、きっと永遠くんだけで。
アンドロイドの私が好きになったのも、永遠くんだけだ。
そして、何より、今側にいてほしいのも彼だけだから。
「ん。でも、今度牽制しに行く…」
「必要ないと思うけど……でも、待ってる」
それも嘘で、本当は私にとっては必要だ。
永遠くんの顔を見たら、ううん、そこで待ってくれてる姿を見つけるだけで、きっとすごく安心できるから。
「俺こそ、さくらが降りてくるの待ってる。……今度は、いいこでお座りしてないかもしれないけど」
少し意地悪な口調は、あんまり冗談を言っているふうには聞こえない。
どう反応したらいいのか分からずに固まる私に、ふっと笑って唇を重ねてきた。
その吐息は相変わらず意地悪だけど、キスを重ねるほどに優しく甘さを増して。
(……何があろうがなかろうが、私を変えたのは永遠くんだ。それはこの先も同じ)
心を揺さぶられて、「ま、いいか」とは思えなくて、泣いたり笑ったり忙しくなるのは、私のなかの永遠くんを想う部分だけ。
だから、大切にしよう。
この先、どうなるのかなんて分からないし、少なくとも今は相談するつもりもない。
そんなことをわざわざ思ったのは、バッグの中のスマホが着信を告げた予感だったのかもしれない。
「と、永遠くん」
止まないキスに耐えられなくなって、わりと早めに身を捩っていたけど、それすら無視されていたことに軽く抗議した。
「ごめん。こんなに嫉妬したの、初めてかも……じゃないかもしれないけど。嫉妬我慢しなくていいやって思ったのは、きっと初めて。……ごめん、ちょっとの間だけ、我慢してくれる? 」
――いつかの心配なんて、今は要らない。
こくんと頷いたのを見て、なぜかすごく驚いた顔をした永遠くんは、今度はただひたすら甘く優しいキスをしてくれた。