おいで、Kitty cat
『迎えに行くね。慌てなくていいから、誰ともぶつからないで』
牽制するべき人はいないのに、そんなメッセージを送られて可愛いと思わずにいられるわけない。
やっぱり、いつか経験するかもしれない大舞台の為に、小さいかもしれないけれど、ものすごく幸せなことを今手放す気にはなれなかった。
「お待たせ」
「……ううん」
言われたとおりゆっくり近づいたからか、目の前に来てやっと、永遠くんは顔を上げた。
「……永遠くん……? 」
思わず辺りを見渡したけど、あの人はいない。
「お疲れ」と微笑んでくれる、ちょっと前に浮かんだ何とも言えない表情は、「会えて嬉しい」とは違うように見えた。
(……違う)
都合のいいように気づかないふりをしようとした自分を殴るように、必死で思い直した。
さっき、弾かれるように顔を上げた永遠くんは辛そうだった。悲しんでるようにも見えた。
少なくとも、「これからデート」って喜んでるようには見えなかった。
「……あ、あの」
このままにはしておけない。
しちゃいけない。
そう意を決したはずなのに、その先が言えないでいる私に永遠くんは苦く笑って。
「疲れてるのにごめん。……少し、ゆっくり歩きたいかも。いいかな」
「う、うん」
断る理由はない。
せっかく仕事終わりに会えたのに、そのまま帰るのも少し寂しい――隣の部屋じゃなかったら、単純にそう思えたかもしれない。
でも、それがけしてこの時間をゆっくりしたいわけじゃないことだけは確かで、永遠くんの薄い色素を貫くような茜色が疎ましかった。
「苦しいんだ」
空色のせいじゃない。
夕暮れ時のせいじゃない。
そんなの分かっていて、何かのせいにしたがった自分が恥ずかしい。
「どうして、彼氏なのにさくらが悩んでることを直接聞けなかったんだろ。気を遣わせてちゃったのかな。それともやっぱり……俺なんか、さくらの将来には必要ないのかな。もしかして、何も言わずに待ってくれるつもりなのかな……いろいろ、考えて、それで」
(ここに来る前に、妹に会った……? )
そうだとしても、何の話を聞かされたのだとしても。
「結局、彼氏なのに気づいてあげられなかったのも、さくらが俺に言わないことにしたのも、全部……理由は俺にあるのにね。さくらに当たりたくなる自分が、苦しい」
――永遠くんの心を刺したのは、私だ。
「ひとつだけ、教えて。この先ずっと一緒にいるのはあり得ないって、さくらのなかでは決定してること……? 」
「……っ、一緒にいたいよ……! 」
なのに、痛いって。
叫んでしまったのは、私の方だった。
「……だったら、言ってほしかった。不安なのも怖いのも分かるけど、でも信じてみてほしかったんだ」
苦しいって言ってる永遠くんに、追い打ちをかけるみたいに。
「俺、もう逃げたりしないよ。少なくとも、さくらのことに関しては、もう二度と。伝わらなかったのは辛いし……俺ね、怒ってる」
そう言いながら切なげに笑う永遠くんが眩しくて、目を瞑りたくなるけど。
「ごめんなさい」
立ち止まって真っ直ぐに見つめると、今度は彼の方が眩しそうに目を細めた。
「……うん。でも、本当はさくらにじゃなくて、人に言われてしか気づけない自分に怒り狂いそうなんだ。そんなの分かってるくせに、さくらに矛先を向けてるから。だから、俺もごめんなさい、だよ」
好きだから、一緒にいられる今を大事にしたい。
それは綺麗事だって、本当は知ってた。
それ以上を望めば望むだけ、苦しむと決めつけていた。
年齢を理由にしていたのは、また私だったんだな。