おいで、Kitty cat
よく晴れた日、いつかみたいに永遠くんがデートに誘ってくれた。
『出掛けないと、そろそろ脳ふやけそうでやばい……。ね、デートしよ。彼氏のお願い』
よく分からない誘い方だったけど、もちろん断る理由はない。
確かにこのところ籠りっぱなしなのは同意で――それはそれでいいんだけど、と思ってしまったのは私だけかもしれない。
「はぁ、日向ぼっこ、気持ちいい……って思えた。よかった」
「思えた? 」
公園のベンチ、来たばかりなのに伸びをした永遠くんは、そんなことを言った。
「うん。ずっとずーっと我慢してたからさ。片想いどころか、さくらが俺を認識してなかった頃を入れると、それは長いこと悶々してたでしょ。元気なオス猫としては、一回許されたらあんなこんなそんなで、さくらと部屋に籠もってたいが勝っちゃって。正直、しばらくデートできなくなったらどうしようって心配だった」
「…………人間だから、大丈夫じゃないかな」
ふにゃっと「よかったー」って笑う永遠くんを見て可愛いをどうにか飲み込んだら、そんな返事しかできない。
「分かってないの。人間だから、発情期なんて特に決まってないじゃない。なんでだろ、困るよね」
「こ、困らないし……! っていうか、こら」
なんでだか、知るわけないし。
別に私は困らないから厄介で、何よりここは公園だ。
「めっ、かー。すごく可愛いく怒られちゃったの、俺は困るよ」
(……そんな恥ずかしいこと言ってない……)
脳がふやけて戻らないの、私の方かも。
幸い、砂場や遊具からは距離がある。
遊んでいる子どもはもちろん、家族にも聞こえなかったはずだ。
楽しそうな子どもたち、ご両親、彼らを挟んで向かい側のベンチで休憩しているおじさん――そのどこまで一緒に目で追えたのかは分からないけれど、吹き出したのは同時だった。
「ニヤニヤしちゃって、なに想像したの」
「永遠くんこそ」
どちらかが赤ちゃんで、どちらかがおじいさん・おばあさん。
そんな世界じゃなかったことに、すごく感謝して――二人とも笑いが止まらなかった。
「それはそうと。何か、聞きたいことがあるんじゃない? 」
「えっ? それは、その……」
どうしてバレたんだろう。
そう思ったのも一瞬だけで、黒目だけで見上げた先でふわりと微笑まれてバレるに決まってると納得した。
――それは、こんなふうに見つめられてたら仕方ない。
「……大丈夫だよ」
前回のデートを思い出して、無意識にきゅっと握った拳を上からそっと包み込まれた。
「もう逃げない。怒ったりもしない。だから、どうか……俺を信じて」
喧嘩することだって、これからきっとある。
それも、けして少なくはないのかもしれない。
(でも、大丈夫)
永遠くんの掌が、少し震えた。
怖いのは、不安なのは私だけじゃない。
それに、普段目には見えないくせに、見えた時には傷つくしかない何かに立ち向かっているのも、私ひとりじゃない。
「うん」
だから、大丈夫。
逃げたりなんてしないよ。
私はまだ弱いから、人間ぽくなって弱さを受け容れてしまったから。
他の何かからは、これからも逃げてしまうことはあると思う。
それでも、もう二度とこの手を離したりしない。
少し歪に膨らんだ永遠くんのリュックを見つめて、その指にしっかりと絡めた。