おいで、Kitty cat





・・・



「……あ」


自分の部屋のドアを背もたれにしてた永遠くんが、マンションの階段を上って現れた私を見て、なぜか姿勢を正す。


「ずっと待ってたの? 」


今度は、猫っていうより仔犬みたいだ。


『おかえり。いつもより遅いから、心配で』

「ただいま。……な、なに!? 」


そこまで打たれたと思ったら、猛烈な勢いでバックスペースしていくスマホと永遠くんを何事かと交互に見ると、パッと両手でスマホを包んだ。


「……キモいのバレた……」

「……あー、えっと……」


(……なんで、私が目を逸らしてるんだろう……)


ううん、本当は分かってた。


「……ごめんなさい。でも、本当に心配してただけ……じゃない」

「じゃないって……」


真っ赤になった永遠くんどころか、大きな両手で隠されて、ほとんど見えないスマホすら直視できない理由。


「ずっと意識してたから。つい見ちゃってたから、きっと、さくらのことキモいくらい知ってる。ごめんでも」


『おかえり』は文字だったのに。


「会いたかった」


それは、挨拶よりは言いにくいだろうことを、ちゃんと声に出した永遠くんにキュンとしてしまったからだ。


「お疲れさま。……おかえり、なさい」


『ごめん』の後、早く言わなきゃって感じで息をつく間もないほどに続けられたのが、私の胸をキュッと締めた。
なのに、『おかえりなさい』を言ってしまってもいいのかと、今度は言い淀んだのも。
仔犬や仔猫みたいに可愛いとか、身体は大きいのに小動物みたいだな、とか。
あたふたしてるのを、ついクスッと笑っちゃうくらい、やっぱり可愛い男の子だな――……。


「……ただいま」


――を、どれも薄めてしまう。


「……ん」


さっき、何気なく返した挨拶とまったく同じその言葉に、蕩けそうなくらい嬉しそうな笑顔を見て、これは。私は。


(……愛しい……? )


他に言い表せないほど、その表現がしっくりくる。
それが恋愛感情からだとは、まだはっきりとは言えない。
単純に分からないのもあるし、探ってしまうのが怖いのもある。

「好き」どころか、「ありがとう」ですらない、それほど意味のないとも言える言葉。
声だって、ちっとも可愛いもんじゃなかった。
そんなものを、こんなに喜んでくれる永遠くんが愛しい。
素直に伝えてくれる表情が、一生懸命話してくれる声が、その優しさが尊いと思う。


「永遠くん」


照れたのか、背を向けたはいいけど、どっちのドアを潜ろうかと固まる彼が、ほんの少し不安そうにこっちを向いた。


「珍しく、帰りに買い物してきたの。……朝のお礼」


とはいえ、彼の言うようにいつもより遅い。
もう食べちゃったかな、って心配もさせずに、ぱあっと顔を明るくする永遠くんは、やっぱり。


(見えない猫耳が、ピンッてなったみたい……)


何なら、尻尾も見えちゃいそうなくらい可愛い。


『……俺の為に、遅くなったんだ』

「お、お返しだよ」


復活したスマホのメモ。
玄関先で操作する暇なんてないよって、急かしてみたけど。


『疲れてるのに』

「そんな大したことじゃ……第一、お礼になるかも分かんないし」

「なる。既になってる。……さくら」


今度は、私の頬が赤いかも――そう思う暇の方が、ずっとなかった。
だって、ほら。永遠くんが声を出すのは。


「……しあわせ」


本気で伝えたいと思ってくれてるんだろう、気持ちがいっぱいに溢れている時。






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