Sherry~君の傍にいつまでも
僕と過ごす初めての春の訪れはとても気持ちが良いものだった。寝坊助の僕、先に起きるローズが部屋の窓を開けると、朝一番はスゥーっとまだ少し肌寒いが、必ずローズから僕を抱き締めてくれるのが日課だ。
「貴方から太陽の匂いがするわ」
僕の鼻にキスをしながら、ローズの一番好きな表情の一つ、まるでお花のミモザのような輝いた笑顔を見せてくれる。
ミモザも綺麗だけど、ローズの存在には敵わない。君は絶対枯れない花だ。
冬が終わるのを待ち構えていた街の人々は、春の陽気を愉しげに各々感じている様子。公園には日光浴やジョギングをしている人も増えてきた。
僕達の散歩をする足取りも軽く、手から伝わるローズのご機嫌がこちらまで伝わってくる。心無しか杖でステップを踏んでいるかのようだ。
「私はこの病気になってから鼻と耳が敏感になったのよ。貴方と同じね」
仕事柄、確かに僕は感覚を研ぎ澄ませなきゃいけないのだが、どうやらローズにもその感性が敏感になったらしい。
「知らなかったの。風の匂いがこんなにも気持ちが良くて、広場にある噴水の音がこんなにも心が踊るなんて。今までいかに自分の心の視野が狭かったのか、今となっては身体全体で感じるわ」
彼女はそよ風で髪をなびかせると、よくよく見たら頬に少しの油絵具がついていた。目の見えない彼女が最もやってしまうミスだ。
頬だけではない、腕や服、あちらこちらに油絵具がついていたが僕はそのローズの姿が可愛くて仕方なかったが、街を歩く通行人に「顔に汚れがついてるわ。目が見えないと、頭に虫が張り付いても見えなくて楽ね」と、心無い言葉を向けて、嘲笑い去っていく。
さっきまで軽やかに歩いていたその足を止めるものだから、僕も一緒に足を止める。傷ついたのかと心配で顔を覗くと「えへへ、またやったみたい」と、空元気を僕に向ける。
あぁローズ、僕の前では無理をしなくていい。君が例えその肌が棘に巻き付かれ、沼から這い出る怪物の姿でも、僕は君を愛してる。