運命の人
 「どうぞ」

 助手席のドアを開けて彼女を誘う。

 「ありがとう、ございます。し、失礼します」

 彼女はぎこちなく助手席に乗り込んだ。
 シートベルトを着けるのも手間取っている。
 やはり。
 手を繋いだ時の反応といい、こういった状況に慣れていないのは明らかだ。
 こんなに可愛いから男が放っておくはずないのに。
 極め付けはエンジンをかけた後の言葉。

 「交通費、お支払いしますので」

 「そんなこと」

 初めて言われた。
 あまりに驚いてつい聞いてしまう。

 「樋口さんは彼氏にも同じように支払ったりするの?」

 支払わせる男も男だと思うけど。

 「いえ。残念なことに彼氏は学生の頃が最後で。車に乗せてくれるような方とはお付き合いしたことがないんです」

 「本当に?この前の彼は?」

 聞くと彼女は困ったように視線を彷徨わせた。

 「ごめん、聞いちゃいけないことだったね」

 車を動かすことで話題を終わらすようにしたが、本音は聞きたくてたまらない。
 ハンドルを握る手につい力が入る。
 それに彼女が気付いたわけではないのだろうが、あの男は同期なのだと教えてくれた。

 「そう」

 ホッとしている自分に気づき、どれだけ惚れてるんだよと思ったら笑えてきた。

 「でも」

 逆説の接続詞に笑顔は消える。

 「佐々木くんには色々と助けてもらっているんです。愚痴を散々聞かされますけど相談にも乗ってくれて。仕事も出来るんですよ。営業成績はいつも上位で。あ、そうそう。佐々木くんも和菓子が好きなんです。今日の体験面白かったら教えてあげようかな」

 彼女はあの男を思い出し、フフッと小さく笑った。
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