冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~

プロローグ

会いたくて堪らなかった彼にやっと会えたのに、どうしたらいいかわからなかった。

(わたしはどうするべきなんだろう)

何度自問自答しても答えはでない。

「俺が、かたきだって……?」

怜士(れいじ)さんは顔を歪めて無理矢理笑った。

怒っていて、それでいて凄く悲しそうで胸がズクンと痛んだ。
連絡を絶って拒絶していたのは自分のくせに、それがひどく悲しかった。

「俺が……?」

もう一度繰り返し、はっと空気を吐き出す。
そうだとも違うとも言えなかった。

ずっと知らないまま貴方と一緒に居れたらどんなに幸せだっただろう。
その想いは、家族への裏切りになってしまうのだろうか。


――――最初で最後の思い出だけをもらったのだから、もう諦めるんだ。
――――そもそも、彼とわたしでは不相応じゃないか。


そんな風に、いくら彼を諦める理由を探しても全然納得なんか出来なくて、ただただ悲しいという思考に囚われた。
彼はわたしたち家族を苦しめた張本人。憎くて憎くて、仕方の無いはずの人。

(本当に?)

その相手が、怜士さんなのだと自分の中で一致させられないのは、うっかり恋に落ちてしまった弊害なのか。

「凛(りん)」

怜士さんに呼ばれて、眠っていた細胞全部がざわりと動き出す。

彼だけを意識するように疼いた。
あの夜も、たくさん呼んでくれた。

ベッドで肌を合わせ、低く、耳の奥へと吹き込むように何度も愛を囁いてくれたことを思いだす。

ああ、好きだな。
こんな時なのに、そんな風に思った。

――――怜士さんが好き。

それなのに、わたしはどうして素直に彼の胸へ飛び込めないのだろう。
彼が踵を返した。

「あ……」

すっと通り抜けた空気がやけに冷たい。

怜士さんは振り返ることなく、身を翻しそのまま出て行ってしまう。
さび付いたドアが、ぎいと嫌な音を立てて閉まった。
最後にみた彼の背中は、水面のように揺れていた。

ああ、終わってしまった。

もう彼の熱を感じることはないのだと悟り、子供みたいに大声で泣いた。
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