冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
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週末の早朝。
暑いので、背中まである長い髪はひとつにくくり、なるべく清潔そうに見え、なおかつ動きやすいシャツとパンツを着ると準備しておいた荷物を持った。
まだ家族は寝ていて起きてこない。
「いってきまあす」
みんなを起こさないように小さく呟くと、そっと玄関を出る。
平日は事務員。
土日は家事代行の派遣会社に登録し、家政婦やベビーシッターの仕事で休みのない生活を送って一年が過ぎた。
弟ふたりが社会に出るまで家族を支えようという思いが、今のわたしの活力だ。
将来の夢は幼稚園教諭だったが、高校三年の時、父親の会社が倒産。
金銭面から希望していた教育学部への進学を断念することにり、高校を卒業すると就職をし事務の仕事をしていたが、子供を見るたびにやっぱり好きな仕事をしたいという思いが膨れた。
独学で保育やベビーシッターについて勉強をし、大手の派遣会社に登録することができたのが一年前のこと。
何れは保育関係一本でやっていけたらと、コツコツと依頼を受けて実績を増やしているところだ。
今日は、ベリが丘タウンという、高級住宅地にあるお宅での仕事となる。
新規で貰ったお仕事で、気合が入っていた。
ただのご新規さんじゃない。
ベリが丘タウンは富裕層が集まる格式高い街なので、多くの依頼者は富豪でベテランを指名したがる。
今回、わたしが仕事を受けられたのはレアケースだった。
小さな仕事からコツコツと頑張った成果か、カスタマー評価が高いという理由で、指名を貰えたのだ。
さらに頑張れば、もっと評価もよくなって指名をたくさん貰えるようになる。気合十分で、意気揚々と最寄りの駅まで自転車を漕いだ。
七月終わりの夏休み真っ盛り。
真っ青な空と真っ白な入道雲が爽快だ。
自転車で切る風は生ぬるくて、漕いでいなくても汗が噴き出す。
ベリが丘タウンは、わたしの家の最寄り駅から電車で三十分ほど。ベリが丘駅を中心に南北にエリアが別れ、南側はサウスエリアと呼ばれ、商業エリアとビジネスエリアとなっている。
サウスエリアは海が近く、地平線が見えるほどの美しい景色が広がる。駅から海へと一直線に伸びるプロムナードは石畳で施工されていて、街路樹とガス灯がとてもお洒落だ。
そのプロムナードは海沿いの遊歩道につながるので、ジョギングや散歩をしている人が多く見られる。