冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
「あ、美菜ちゃん待って、走ると危ないからっ!」

「おっと」

追いかけようとして段差に躓いた。
転びそうになったところを、怜士さんの腕が支える。

「す、すみません。ありがとうございます」

「どっちが危ないんだか」

「たまたまです! ちょっと躓いただけです。わたし長女なんですよ。普段はしっかりしているんですから!」

体勢を整えると、手をつないで引っ張られる。

大人の男の手の感触に真っ赤になる。大きくて、ごつごつとしていて、指先から鼓動が伝わってしまうのではと心配するほど心臓がうるさくなった。

「迷子になりそうだからな。おいで、猿山まで連れて行ってあげよう」

からかわれたようだ。

「な、なりませんってば! それに猿山は目の前で見えてます!」

「ははは」

「りんちゃー! れいちゃはっく! おしゃるしゃん」

興奮した美菜ちゃんに呼ばれて、そのまま猿山に向かった。
美菜ちゃんは動物園は初めてだったようで、どの動物をみてもきゃーきゃーと喜んだ。

お目当ての、うさぎのふれあい体験に来た。
わたしは美菜ちゃんと一緒に目を輝かせる。
餌をあげて、膝にのせることができた。
小さくてふわふわだ。

「怜士さんは体験しないんですか?」

「俺? 俺はいいよ」

「え、苦手ですか? 齧らないし怖くないですよ」

きょとんとして聞くと、怜士さんは目を細めた。

「……俺が怖くて遠慮してるんだと思うのか?」

「えーと……」

「れいちゃも、うしゃぎだっこしゅるの!」

美菜ちゃんに怒られて、結局、怜士さんもうさぎを膝に乗せてにんじんを食べさせていた。
なんだかシュールな光景で、わたしはむふっと笑ってしまった。雅さんに見せようと、スマートフォンで写真を一枚撮った。

「凛、今俺を笑ったな?」

怜士さんは、憮然としている。

「い、いいえ?」

「写真も撮っただろう!」

「あは、あはは! 雅さんに送るだけですから!」

「それが一番駄目だっ」

怜士さんはうさぎの世話を終えると、わたしにむかって追いかけてきた。

「凛! 写真を消しなさい」

「みっ、美菜ちゃん逃げよう!」

「れいちゃきたー!」

大笑いしながらふたりで逃げた。



園内を順番に見て回って楽しんでいたら、あっという間にお昼を過ぎてしまう。

「ああ、もうこんな時間だ」

怜士さんが腕時計を見た。

怜士さんの会社は、なんとベリが丘ヒルズのツインタワーらしく、ツインタワーから家までは運転手さんが送ってくれるとのことだ。

十四時までに会社に戻らないといけないとのことで、そこまで車で三十分ほどかかるので、そろそろお昼を食べて、少ししたら動物園を出なくてはだ。

「そうですね。お昼を食べましょうか」

大きな木の下の日陰を見つけると、持ってきたレジャーシートとお弁当を広げた。

「すごい。こういうの久しぶりで楽しいな。朝も食べずに飛び出してきたからペコペコだよ」

「わたしもです。多めに作っておいてよかったです。たくさん食べてくださいね。美菜ちゃんのおにぎりはおかかだよね」

手を拭いてあげてから、小さなおにぎりを渡す。

「おかかねーしゅきなの」

美菜ちゃんは、先日初めておかかの味を知ったようで、おかかブームだ。

タコのウインナーと、卵焼きとから揚げ。ブロッコリーとミニトマト。
本当に定番で簡単なものしかないが、ふたりとも喜んでくれた。

「すごい、タコのウインナーだ……」

怜士さんは、フォークに刺した赤いウインナーをまじまじを眺める。

「大人になると食べないから懐かしいですよね」

「いや、初めてだ」
< 22 / 85 >

この作品をシェア

pagetop