冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
「凛、お帰り」

「お父さん。美味しい食パン買ってきておいたから、あとで食べてね。テレビで紹介された人気のお店なんだだって」

パン屋は雅さんに教えて貰ったお店だ。
一度買ってみたら美味しかったので、みんにも食べてみてもらいたくて、そこに寄って買ってから来たのだ。

日曜日だったからか、オープンと同時に行ったのに既に何人か並んでいた。
午前中で売りきれる日もあると聞いている。

「ベリが丘のパン屋か?」

「うん」

お父さんがベリが丘の名前を出すのは珍しい……というか、もしかしたら会社が倒産してからは初めてかもしれない。

あの街で働くことは濁して伝えていたが、ある程度は分かっていたらしい。
別に、ベリが丘が悪いわけではなくて思い出がありすぎるってだけだから、そこまでは気にしていないのかも。

(あ、でも、倒産の原因になったウィステリアマリンがツインタワーに入っていたはず)

怜士さんも同じ場所で働いているし、もしかしたら経営者と顔見知りだったりするのかな。

「仕事はどうだ?」

「うん。雇用主の方はいい人だし、やりがいあるよ。働けてすごく成長できた気がする」

「そうか。凛が好きなことをできているならよかった」

お父さんは笑っていた。

様子がいつもと違くて、憑きものが落ちたような、すべてを諦めたような、なんとも言えない雰囲気だった。

不思議に感じはしたが、たまたま今日はそんな日なのだろう

雅さんも怜士さんも出かけるたびに服を買ってくれるので、実は足りなくて困っているってことはないのだが、ごみの日に片付けられてしまいそうでとりあえず持ち出した。

玄関を開けると、カズ君が健の部屋からコントローラーを持ったまま出てきた。

「凛、またな! 小まめに連絡しろよ。あと、困ったら必ず連絡しろよ」

「はあい」

世話好きのお兄ちゃんなのはずっと変わらない。手を振って別れた。
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