冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
お母さんがちょうどパートに出掛ける時間だったので、駅まで車で送ってもらった。
今から夕方までスーパーでレジ打ちだ。

「お母さん、送ってくれてありがとう」

年期の入った軽自動車のドアを閉める。
早く借金を返して、家族が精神的に楽になれたらいい。車くらいは買ってあげられるように稼ぎたいなあなどと思う。

「頑張って、気をつけてね」

「はーい。お母さんも」

駅からは電車に乗って、ベリが丘へ向かう。
朝はそうでもなかったけれど、なんだか人が多い気がした。
ベリが丘駅へ到着すると、人がどっと降りた。みんながサウスエリア方面の改札へむかう。遠くから、パンパンと音がした。

(花火? 今日はなんかあったけ……)

振り返ると、ウィステリアマリングループが造船した客船が、デジタルサイネージで宣伝されている。

『世界最大規模の客船、ロイヤルグリシーズが初寄港! 22万トンの豪華客船!』

壮大な海と、きらびやかな船内の映像が映し出される。

「今日、だったんだ……」

お父さんが、関わるはずだった事業。
家族みんなの人生を変えてしまった出来事。

宣伝のポスターが、ちらちらと視界の端に映っていたが、船を見ても胸がじくじくと痛むだけなので、視界に入れないようにしていた。

『二十店舗のレストラン、プール、映画館、バー、アイスリンクスケート、ジム、スパ、ライブラリーなど、ハイクオリティな旅をお楽しみください』

いつまでも過去に囚われているなんてナンセンスだ。
早く笑い飛ばせるようにしなくっちゃ。
そう思うのに、苦い気持ちにしかなれない。

画面が中継に切り替わった。
ベリが丘港が映し出される。

「お母さん始まってるよ! 早く早く」

電車を降りた子供が、手を引いて親を急かしている。
親子は早足で式典を、開催しているサウスエリアへ向かった。

映像は、空撮から船の前にセッティングされたレッドカーペットへぐっと寄っていく。

『それでは、このプロジェクトの総指揮をとっていた、ウィステリアマリングループCEO……』

聞こえてくる宣伝が耳に入らないように耳を塞ぐと、勢いよく顔を反らし、ノースエリアに向かって大股で歩いた。


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