冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
必死に歩いて藤堂家に着くと、汗だくになっていた。
サウスエリアの喧騒がまったくなく、いつもの落ちついた街にほっとする。


「あれ、凛ちゃんおかえり。はやかったのね」

「ただいま戻りました。ちょっと家族に会ってきただけで特に用事はなかったので」

「そうなんだ。あのね凛ちゃん、急なんだけどわたしと美菜、夕方の便でアメリカに行くことになったの」

よく見れば、スーツケースと服が散乱している。

「えっそうなんですか?」

「一週間から十日くらいかな……なんか夫が美菜に会いたいって連絡してきて……美菜も会いたいっていうから、やっぱり親子だもの……合わせてあげたくて。しばらく留守にしちゃうけど、よろしくね」

「そうだったんですね……」

お世話する人がいないのは寂しいけれど、留守の間の家はしっかり守らなくては。

「りんちゃもパパのとこいく?」

美菜ちゃんが、服とぬいぐるみをバッグに詰め込みながら聞いた。

押し込んでいるだけなのでぐちゃぐちゃだ。

「わたしはお家で待ってるね」

美菜ちゃんは少し寂しそうにしたが、それよりもお父さんに会えるのがうれしいようで、泣くとこはなかった。

「わたしもお荷物まとめるのお手伝いしますね」

仕事をしなくてはと、気を取り直す。

「助かるわ~。なんか急に決まっちゃって。慌ただしくてごめんね」

「お昼はどうしますか。サンドイッチとかおにぎりとかならすぐに作れます」

「おにぎり! 凛ちゃんのご飯がしばらく食べれないのが一番つらいわ。出発前に食べておかなくっちゃ」

雅さんが即答すると、美菜ちゃんが「おかかおかか」と飛び跳ねた。

「承知しました。パッキングが終わりましたらすぐに作りますね」

朝に炊いたご飯が残っているので、それを使おう。

黙々と服を畳んでると、よくわからない寂しさが込み上げた。
さっき、ウィステリアマリンの船を見てしまったからかもしれない。ずっと目の前に靄がかかっているような感じがして、気持ちがどこか上の空だ。

お父さんもこれを知っていたのかな。
だから、ベリが丘の話しをしたのかな。
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