冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
ベリが丘駅で電車を降りると、商業施設とは反対の改札を通り、住宅街となるノースエリアへと向かう。

駅からノースエリアの入口までは、歩くと少し距離がある。日傘をさして汗が噴き出してくるのを拭いながらゆっくりと歩いた。

ノースエリアのゲートまでは桜並木となっていて、春には空がピンクに染まる。芽吹く準備をしている新緑たちが影を作ってくれているのが救いだ。

ちょっと上り坂だし距離が不便にも感じるが、セレブしか住んでいないため、運転手付の送迎があるから別にいいのかもしれない。

ゲートまでは南側は病院や会員制のオーベルジュなどが建ち並ぶ、サウスエリアとは違い少々落ち着いた雰囲気だ。

ノースエリアのゲートに着くと、会社が申請し、あらかじめ発行して貰っていた通行証を守衛に見せた。

各国の外交官や大企業経営者などの大富豪のみが暮らす街には、居住者や関係者以外は入れないようになっている。

守衛はまるでイギリスの近衛兵のようだ。厳格であるが、お洒落な雰囲気もある。

セキュリティが厳しいと聞いていたので少し緊張したが、無事に許可がおりた。

車両用とそれ以外のゲートがあり、徒歩だったわたしは小さな門から中へと入る。
同時に車両用のゲートも開き、黒塗りの車が数台入ってきた。

ゲートの中は、国境を越えたかのように世界が変わった。
ノースエリアは緩やかな丘となっていて、斜面に沿って美術館や博物館のような、見たことのないお洒落な住宅がずらっと並ぶ。

圧倒されて見上げていると、子供の泣き声が聞こえた。

「やー! やーなのぉ!」

そちらを向くと三歳、四歳くらいの女の子が路面に寝転ばんとする勢いで泣き喚き、母親がそれを宥めている。

母親は背が高くすらっとしていて、さすがセレブと思うほど綺麗だった。

お金持ちでも子育ての大変さは一緒らしい。

最初は微笑ましく見ていたが、直ぐに状況が芳しく無さそうだと思い直す。母親はタイトスカートにピンヒール。背中まで流れる長い髪は漆黒で美しいが、暑いし邪魔そうで仕方が無い。

肩掛けのトート型のブランドバッグも両手が使えなくなり不便そうだし、子供との散歩には向かなそうだ。

なれて無さそうな母親は少しパニックを起こしている。子供の癇癪と重なって収拾がつかなくなっていた。
声をかけようか迷う。

その間に、同時にノースエリアに入った黒塗りの車とスポーツカーが通りすぎた。

「みーちゃのおにんぎょー!」

「お人形は今日はお留守番なの!」

どうやらお気に入りの人形を忘れたみたいだ。
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