冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
母親が叱ると、女の子はうわーんと泣き出して走り出した。

「あっ」

母親は手を伸ばすが届かない。
足元が不安定になり、がくりと膝をついた。
女の子が車道へと飛び出す。

わたしはとっさに持っていた荷物を放りながら、女の子に向かって走った。
同時に背後から、守衛の叫び声も聞こえた。

「止まれ! 止まりなさい!!」

何事かと振り返ると、軽自動車が凄い勢いでゲート突破するところだった。

「待て! 止まれ!」

足回りはサビが見える。
赤い車だったようだが、茶色く変色してところどころ塗装が禿げていて、明らかにこの場に似つかわしくない。

車は、飛びだした女の子の方向に一直線に走る。


そこからはスローモーションのようだった。

母親の悲鳴、守衛の怒鳴り声。
呻るエンジン音と女の子の泣き声がキーンと響き、自分がどうなるかと考える暇もなく、女の子に飛びついた。

女の子を抱きしめたまま体が一回転して、地面に擦れた腕から熱を感じた。肩と背中を打って路面に転がる。

車は人を轢く気はなかったのか、急ハンドルを切ったようで街路樹に激突してエンジンから煙を出していた。

よろよろと運転席から出てきたおじいさんを守衛が捕まえ、押さえつけた。

腕の痛みを堪えながら女の子を確かめる。
頭は抱きしめて庇ったが、打ってないだろうか。

「大丈夫? 痛いところない?」

膝から少し血が出ていた。大泣きは止まらない。

「美菜! 美菜!」

母親が駆けよる。同時に守衛も来てくれた。

「大丈夫ですか?!」
「わたしは大丈夫です。お子さんは念のため救急搬送したほうが良いかもしれません」

子供は痛いところをうまく表現出来ない。骨折や打ち身があると大変なので、医師に診て貰う方が安心だ。
守衛は直ぐに連絡を取ってくれた。

時間をおかずにパトカーと救急車が来てくれ、女の子は病院へと運ばれた。

ほっと一息つくと、余裕を持って出たはずなのに約束の時間になっていた。

路肩に散らばっていた荷物をかき集め、急いで電話をかける。

理解のあるお宅で、事情を話すと大丈夫だからゆっくり来て欲しいと言われた。
今日が家政婦の仕事でよかった。老夫婦のお宅だったのも幸いだったかもしれない。

これがベビーシッターだと、働き盛りの世代のお宅に行くことが多く、時間に余裕がないためクレームになりかねない。

警察官に参考人として事情聴取で声をかけられたが、車にはぶつかっていないのと大した怪我をしていないので、とりあえず連絡先だけを伝えて仕事に走った。
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