冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
「どうしたの? もしかして事故?!」

乗客のひとりのが叫ぶと、事故という単語だけがその場にわっと広がる。

「何? 何があったの?」
「事故って聞こえたよ」

周囲がざわつきだす。


「不味いな……」

呟くと、凛が服をぎゅっと握ってきた。

「何があったんでしょうか……?」

不安そうだ。

事故が起きたわけではない。どうも個人的な事情のように見える。

「責任者を呼べ! 早くしろ!」

お爺さんは我を見失っている。

(俺が出た方が早いな)

「凛、ちょっと悪いけど、待ってて」

これ以上騒ぎが大きくなるのを防がなくてはと思い、お爺さんのところに足早に向かうと声をかけた。

「落ちついてください。責任者の藤堂と申します。あなたは?」

「責任者?! ならば早くわしと妻を船から降ろせ! 妻が死んでしまう!」

「奥様が?」

船医を見て、状況を説明しろと英語で話しかけると、船医はこの人の奥さんが突然倒れたので診察をしたと話した。

症状は重篤で手術が必要になる。
船内では対応ができないと伝えたところ、お爺さんが医務室を飛びだして騒いだということだった。

「早く妻を助けろ! 早く! 助けてくれ。お願いだ……」

お爺さんの声はだんだんと勢いがなくなり、弱々しくなる。涙を浮かべていた。

「そこの君、ホテルマネージャーとを呼んでくれ。あと、船内電話を貸してくれ。オフィサーに連絡する」

見守っていたスタッフを捕まえると指示を出した。
オフィサーとは、船を運航する上級乗組員、つまり責任者達のことだ。

「あなたは……?」

「藤堂が呼んでいると言えばわかる」

時間が惜しくて端的に言った。

「と、藤堂様……ですか? あれ? え、もしかして……」

「早くしないか!」

「っは、はいっ!」

一喝すると、スタッフたちは慌てて動き出す。
ひとりがホテルマネージャーに連絡し、ひとりが船内電話を貸してくれた。

台湾を出港してから時間が経っており、陸から離れたため、携帯電話はすでに通じない。
運航スケジュールは簡単に変えられるものでもなく、引き返せる訳でもない。

スタッフから船内電話を受け取ると、船長に連絡をする。

「藤堂だ。ドクターヘリを呼びたい。航海士にも連絡を。至急たのむ」

『藤堂CEO?! 乗船してらしたんですか』

電話の向こうから驚いた声がしたが、緊急だとわかるとすぐに対応に回ってくれた。

「今、ドクターヘリを呼ぶ手配中です。すぐに病院へ行けるように手を尽くしておりますので、奥様のところへ戻ってあげましょう」

お爺さんの元へ戻ると、倒れそうな体を支え声をかける。
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