冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
9
(――――どうして……)
わたしはずっと気持ちが伏せっていた。
怜士さんを思うたびに、戸惑いと悲しさで胸が締め付けられる。
怜士さんがウィステリアマリングループの社長だと聞いてから、自分がどう過ごしてきたかほとんど記憶がない。
あの日は終日クルーズをして、次の日は上海に寄港した。
船は世界を一周するので、まだまだ旅は続くが、休暇が終わるわたしたちはそこで船を降り、飛行機に乗り換えて日本へ戻ってきた。
元気が出ないことを怜士さんもずっと気にしてくれていて、船に酔ったとか、疲れがでたと誤魔化していたけれど、そんな言い訳もおかしいと感じていただろう。
藤堂の家に帰ると、美菜ちゃん雅さんはまだ帰っていなかった。もう少しアメリカで過ごすと連絡が来て、しばらくふたりきりになることが、今は不安で堪らなかった。
怜士さんは一晩寝ると、次の日から仕事に戻った。
その間、何を話しただろう。わたしはちゃんと笑えていたかな。
――――なんで今まで気がつかなかったんだろう。
ウィステリアマリングループの本社が入るツインタワーで働いていて、初寄港の式典にも出席していた。船内のことも詳しくて……。
「好きになる前に知りたかったな……」
ひとりで部屋に居ると、涙が溢れてくる。
怜士さんが、わたしのお父さんを苦しめた張本人なの?
あの人の指示で、お父さんの会社は潰されて、わたしたち家族は苦しむことになった?
信じられない。信じたくない。
仕事とプライベートは違うってわかっている。
けれど、あんなに優しくて真面目な人が、利益のために人を騙して陥れたりするのかな。
どうしていいかわからなくなって、わたしは書き置きをすると、荷物を纏めて藤堂家を飛び出した。
体調を心配してくれている怜士さんから、メッセージアプリに連絡が来ているが、手が震えて簡単なメッセージを返すことも出来ない。
冷静になって考えようと思っても、辛かったこの三年間と、船内での幸せだった時間がごっちゃになって混乱した。