冷徹社長の溺愛~その人は好きになってはいけない相手でした~
「写真はないのか」

「申し訳ありません。手配中です」

顔は確認できないが、年齢や弟がふたりいる事など、俺の良く知るあの子と情報が一致していた。
経済的な理由から進学を諦めたと言っていたことを思い出す。さらには父親が鬱になって学費の捻出が大変だから、弟の手助けになりたいのだと。

書類を持つ手が震える。

「凛の父親の会社だって?」

情報が一致しても信じられなかった。
その後に及んで、どうか別人であってくれとまだ願っている。

その日の仕事は気もそぞろとなり、定時で終わるといそいで家に戻った。書斎の机から、凛が書いた履歴書を引っ張り出す。

「一緒だ……凛じゃないか……」

朝倉が持ってきた資料と、凛の履歴書の住所が一致した。
目の前が真っ暗になる。

「凛は、俺がウィステリアの経営者と知ったから態度がおかしくなったんだ……」

もやもやとしていた理由がわかり、頭を抱えた。

倒産の原因となったウィステリアマリンの、ロイヤルグリシーズに乗船するのは、どんな気持ちだったんだろう。

でも、凛はあの旅を心から楽しんでくれていたようだし、俺の事もちゃんと愛してくれていた。
もっと早く立場を伝えていたらよかったのか?

――――いや、もしそうだったら恋人になる前に、俺たちの関係は終わっていただろう。

すぐにでも凛の元へ行って、色んなことを確かめたい気持ちが湧き上がる。
しかし、それを抑えて考え続ける。冷静に話さなくては。

凛も俺が嫌になったわけではなく、混乱したからこそ、時間を置いているのだと思いたい。

実家に帰ってしまった日、電話口で凛の声は震えていた。あれは、泣いていたのでは?
急にそれに気がついて、自己嫌悪に陥った。

「ああ、くそっ……」

凛を泣かせているのは俺じゃないか。

会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ちがあった。
詰られたら立ち直れないかもしれない。

船に居る間、彼女と生涯をともにできたらと思った。

よく笑う凛は俺の癒しだ。彼女とならきっと、笑いの絶えない家庭が築けるのではと、そう思っていたのに。

胸が重たい。
もう一度、あの笑顔を俺に向けて欲しい。
願うのはそれだけだった。
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