あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした

第十話




団子屋を後にして約十分、空蒼はとても焦っていた。

早まる鼓動、冷や汗が伝う首筋、足早に動く足。
今は九時頃だろうか、温かい太陽と爽やかな風が吹いているにもかかわらず、空蒼はそれどころではなかった。

(なっなんで…どうして!?)

段々と息が乱れてくる。
団子屋を後にしてからずっと足早に歩いているからだろうか。そろそろ足が悲鳴を上げている。
はぁはぁと息が荒れながら、チラッと後ろを見る。

ザッザッザッ

二人…いや三人の男性が空蒼を追いかけてきていた。
気付いたら後を付いて来られていたので、足早に速度を速めたらあちらさんも同じように足を速めてきた。
この状況、空蒼にとって理解不能である。
女性の格好をしている時にこうなるならまだ分かる。男が女を付ける理由は一つしか思い浮かばないから。
だが、空蒼の今の格好はちゃんと男性だ、追いかける意味が一つも分からない。
行き交う人込みをかき分けて、何とか一定の距離を保っているが、いつ追い付かれるか時間の問題だ。

(って言うか…奴ら、少しは隠れる努力をしろよ…そんな分かりやすく堂々と追いかけてくる辺り、見つけて下さいと言っているようなものじゃん…あたしでもそうする)

馬鹿なのか、馬鹿なんだなと納得していると見たことのある景色が目に入ってきた。
幅の広い川に、大きな立派な橋。その端には何回も見慣れている擬宝珠(ぎぼうしゅ)の飾りも見えた。

(あれは…)

空蒼はふらっとそれに近付いていく。
二つ目の擬宝珠の前で止まった。

(…三条大橋の西側、二つ目の擬宝珠…)

現代ではこれに刀傷が存在した。
新選組の名を広く轟かせたあの事件、池田谷事件で出来た傷だ。まだその事件は起きていないから無いのだろうけど、何だかとても不思議な気持ちになる。

「っ…おいお前っ」
「っ……」

擬宝珠に気を取られていたので、傍まで来ていたのに気が付かなかった。
奴らはもう目と鼻の先だ。
ヤバいと危機感を感じた空蒼は、咄嗟に思い出した事があった。

(…確か橋の下は……)

何とか人混みをかき分けながら、橋の下に下りようと本気で足を動かした。

「はぁはぁ…」

どれだけ運動不足なのだろう。
少し走っただけで息が上がるとは鍛錬が足りなさすぎだ。

川辺に近付くにつれ、足の速度が下がっていく。
砂利を踏みながら転ばないように気を付けて、何とか橋の下付近に付いた。

「はぁはぁはぁはぁ……」

膝に手を付き、息を整える空蒼。
こんなに走ったのはいつぶりだろうか。死ぬかと思った。

「おいっどうして逃げるんだ!!」

その声に振り返ると、空蒼と同じように息の上がった男三人がこちらに走ってくるのが見えた。
見たことのない男達に腰には刀を差している。

(…新選組の敵か?)

空蒼はいつでも逃げられるように、川に飛び込める位置と後ろに逃げられる位置、両方にいつでも行けるような位置に佇む。

三人の男は二十代というところだろうか、若い感じに見える。
でも何故だろう、殺気というものがまるで感じられない。新選組に居た時は嫌な程感じたのにも関わらず、殺気と言うよりかは焦り?

空蒼は膝から手を離し身体を起こした。

「おい…はぁはぁ…逃げるなんて聞いてない」
「…はぁはぁ」
「……早く聞き出した方がいいよな」

こういう状況が奴らにとって予想外だったのか、何やら焦っているようだった。
焦りたいのはこっちなんだけどと心の中でツッコミながら、顔には出さない空蒼。



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