あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
「…じゃあこれだけは答えて下さい。今は何時くらいですか?」
暗いのは分かるがそれが何時か分からない。時計もないので空蒼は人に聞くしかないのだ。
丑の刻参りは有名だから、丑の刻が夜中の二時という事しか知らない。
「…子の刻だ」
空蒼の事を見ないままそう答える土方さん。
素直じゃないところを見ると、バツが悪そうにしている。
それにしても子の刻とは何時の事だろう。全然分からないので首を傾げる。
「…まさかとは思うがお前、時の刻み方を知らないとは言わないよな?」
空蒼の反応を見た土方さんがくるくるしている手を止めて不審そうな目で空蒼を見つめてきた。
「……別に、ただ少ししか知らないだけです」
「…どのくらいだ」
真剣な目で見つめてくるもんだから、言わざるを得ない状況になっている。
土方さんの事だから時間に関して全然知らないと言ったら絶対馬鹿にすると思うのだが、空蒼は空気を読んでゆっくりと口を開いた。
「……牛の刻」
「…それから?」
「……それだけですが」
「は……?」
ポツリと呟いた空蒼の言葉に土方さんは間抜けな返事をした。どうやら余程驚いたらしい。
馬鹿にしたいなら馬鹿にするがいいと空蒼は意気込む。
土方さんは驚いた顔をした後、何か考えるようにして手で顎を触っている。
きっと、馬鹿にする言葉を選んでいるんだろうと、空蒼は包帯が巻かれている左腕を優しくさすりながら考える。
「……お前の家は貧乏か?」
「…は?」
どんな考え事をしていたのか、デリカシーの無いことを聞いてきた土方さん。
それなのに、土方さんの表情は至って真剣。
何を思ってそんな事聞いてきたのか分からないが、どうやって答えようか迷ってしまう。
「時の刻みとは子供に最初に教える理だ。それを知らないのはだいたい貧乏で時の刻みを教える必要のないくらいずっと働いているか、それともただ単にお前が馬鹿なのか、それくらいだろう……いや、例えずっと働いていたとしても流石に時の刻みくらいは知っているよな…」
「……。」
やはり馬鹿にしてきた土方さん。
それでこそ土方歳三という男だ、周りを飽きさせないし、裏切らない、色んな意味で偏屈な男という事である。
「……貧乏でも裕福でもなくごく一般的な家庭だ。勉強もしていたし時の刻みくらい覚えようと思えば覚えられる……ただ、"こっち"の時間は分かりにくいから……」
「……こっち?」
「っ……いや、なんでもない…忘れてくれ……と、とにかく俺は馬鹿ではないし貧乏でもない…ただ覚える気がないだけだ」
思っている事をそのまま口にしてしまった空蒼は、慌てて言葉を訂正する。
自然に出てしまった言葉にびっくりしながらも、言動には気を付けなければ。
土方さんの方を恐る恐る見ると、気にしているのかしないのか、空蒼を見つめてきていた。
何を言われるんだろうかと心臓がドクドクと脈打っているのが分かる。
万が一にも空蒼が未来から来た人だと知られたらどう思われるのだろうか。
(……。)
知られる事が空蒼にとって一つの怖い事でもあった。
それを知られたら、拒絶されるかもしれないと、心の中に思うところがあったからだ。
だが、土方さんは空蒼の考えていた事とは全然違う言葉を口にした。
「…そうか」
そう一言答えると、はぁとため息を付いた。
ため息をつかれた事は気に食わないが、この様子を見るとどうやらさっきの言葉はうやむやにしてくれたらしい。
「……。」
いつもならそれに突っ込んで来るのだが色々な意味で救われた。そう思ったら、ドクドクしていた心臓の音が小さくなっていくのが分かった。