あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
「子の刻はお前の唯一知る牛の刻の二時間前だ」
「……え?」
空蒼が安堵していると、土方さんが口を開いてきた。
どうやら先程の話は続いているようだ。
「覚える気が無いなら嫌でも覚えろ。少しずつなら覚えられるだろ」
「……。」
どうやら、空蒼の為に分かりやすく時間を教えてくれたらしい。
丑の刻が夜中の二時で、その二時間前という事は午前0時頃。とても分かりやすい説明の仕方だ。
呆れた顔をしながらも、分かりやすく教えてくれる辺り優しさが滲み出ている。
表情と言葉が合っていないのも土方さんらしいと思う。
そして、いつの間にか空蒼の表情は和らいでいた。
「時の刻みが分かったら病人はとっとと寝ろ」
「…もう遅いのに土方さんは寝ないんですか?」
「俺はまだやる事が残っている」
「……良い子は寝る時間ですよ」
「っ……俺は良い子じゃねぇ。つまんねぇ事言ってねぇでさっさと寝ろ」
そう言うと土方さんは、机に体を向けてしまった。
ゆらゆらと揺れる行灯の灯りが土方さんの手元を照らす。
「……。」
今更だが、こんな遅くになっても仕事をしている土方さんを見ると、"それ"に関しては昔も未来も変わらないのだとつくづく感じる。
だが、覚悟や信念、その生き方は全然違う。空蒼は"こっち"の方が性に合っているなと強く思った。
流石にこっちの時代に来てまで残業はしたくはないが、この男を眠らすには致し方ないらしい。空蒼はニヤッと口角を上げた後、口を開いた。
「…土方さんが寝ないなら俺も寝ません」
「……あ?」
空蒼の申し出に不機嫌な声を漏らす土方さん。
眉間に皺が寄っているのが見なくても想像出来る。
空蒼は土方さんのがっしりとした背中を見ながら告げた。
「俺も"良い子"ではないので寝ません」
「……。」
彼を寝かすにはこの方法しかない。
これで寝かせられるとも思ってはいないが、事は試せとよく言う。
これがダメなら別の方法を試せばいいだけ。残業なんて言葉は空蒼の時代からで十分であって、命のやり取りをする以上寝不足は禁物、土方さんはそれを分かっているのだろうか。
寝不足で刀筋が鈍って刺されましたとか冗談でも笑えない。
「……はぁ…お前本当にめんどくせぇな」
「お互い様では?」
「……一緒にするな」
文句を言いながらも土方さんは、動かしていた筆を止めて机の上に置いた。
そして立ち上がったかと思ったら、押し入れから敷布団を取り出して、空蒼の布団の隣、廊下側に布団を敷いた。
「……ん?」
急のことで頭がついていかず、目をぱちぱち瞬きをする。
土方さんは急に変な行動に出るから見ていて飽きないんだけど、急だと本当に意味が分からずこちらが戸惑ってしまう。
「…何固まってんだよ、お前が俺も寝るまで寝ないと言ったんだろうが。早く横になれ、病状が悪化しても迷惑だ」
「……。」
その言葉に空蒼は素直に布団の上に横になった。
それを見届けた後、土方さんは行灯に灯っていた火をふっと息で吹きかけて消した。その瞬間、暗闇が視界を奪う。
お月様も今は雲で隠れているのか、漆黒の闇が部屋を支配していた。
こんなに暗闇の夜を過ごしたのは初めてかもしれない。小屋に居た時でさえお月様の灯りがあったくらいだ。まして、現代では明かりがないのはありえない。
だが、これもこれで初めての経験をした事になるのだろう。
(……あまり、暗いのは好きでは無いけど…)
一人だったら多分怖かっただろう。
けど今は隣に土方さんがいる。そう思うだけで不思議と安心ができた。
空蒼は土方さんが寝転がっているであろう右側に視線を向けた。
先程より、慣れてきたのか夜目の効く空蒼には土方さんの背中が薄っすらと確認ができた。どうやら土方さんは空蒼に背を向けているらしい。
その背中を見ていると、ふとその背中に助けられたのを思い出した。ピンチだったとはいえ、この背中に空蒼は助けられたのだ。大きくてがっしりとした逞しい背中。
安心するのはきっとこの暗闇のせいだ。
「…おやすみなさい土方さん」
「…………おやすみ」
ポツリと呟いた言葉に、数秒置いて返事をしてくれた土方さん。その声は何だか照れくさそうな、でもとても優しさのある穏やかな声だった。
今夜は良い夢が見れそうだと空蒼は思いながら目を閉じた。