あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした





「…とりあえず、お前は俺らと一緒に来い」
「……嫌です」

間髪入れずに、下を向きながらそう答える。

「あ?」
「嫌です」

すかさず答える。

もしかしたら、空蒼の思っているその予感はきっと当たっている。けど認めたくない自分もいるのは確かなようだ。
もしここが空蒼の思う所なのだとしたら、どうやって現代に戻れるのか。
いや、だが空蒼にとって現代に戻っても辛いだけなのだから、戻る必要はない。戻ったとてまた嫌な目で見られるだけ。
しかし、ここで生きていける保証も何処にもない。

(あたしは…どうしたら良いんだろう…)

――ぐぅぅぅぅぅぅぅううう

「っ……!?」

考え込んでいた時、急に空蒼の腹から大きな音がした。
その音を聞いた瞬間、空蒼は瞬時にお腹を抑える。

「おや?」
「でけぇ腹の虫だな?」

聞こえない訳ないであろう音を府たちも聞いていたのか、二人の視線が空蒼に突き刺さる。

(そういや、起きてから何も食ってないんだった)

それにしてもこのタイミングで鳴るとか空気を読んでほしい。
お腹を押さえながら、今度は違う意味で俯いた。



「っ…おい!危ない!」
「……え?」

急にそんな声が聞こえてきたと思ったら、誰かの温もりを身体に感じた。

――カキィィンン!!

――ザシュッ!!


「がはっ…!!」


――カランカランっ


「……?」

空蒼には誰かの心臓の音しか聞こえず、どんな状況なのか分からなかった。
ただ一つだけ分かるとするなら、血の匂いがするという事だけ。

「…おい、大丈夫か?」

そんな優しい声が頭上から聞こえてきた。
ゆっくりと顔を上げると、安心したような、どこか焦ったような顔をした口の悪い彼が空蒼を抱きしめていた。

「……。」

真っ直ぐと見つめてくるその瞳。
吸い込まれそうになるそ漆黒の瞳から視線を逸らし、空蒼はゆっくりとその人から離れた。

血の匂いにつられて後ろを向くと、男が一人血を流して倒れていた。
よく見るとその男は空蒼が最初に相手をした人物だった。気絶させてただけだからいつかは目が覚めると思っていた空蒼だが、こういうタイミングで目覚めるとは思わなかったようだ。

彼が助けてくれたという事は空蒼が狙われていたという事を指す。
空蒼は口の悪い男に視線を戻した。

「…。」

彼が刀で止めてくれなければ空蒼は確実に死んでいただろう。今生きていられるのも彼のお陰だ。

(…助けてとはい頼んでないんだけど…でも、助けてもらったからにはお礼を言わないと…)

「…ありがとう、ございます」

ぽつりと小さな声で呟いた。

空蒼に生きると言う執着も、死ぬのが怖いと言う気持ちも持ち合わせていない。だが、彼はそんなことは知らない。
危険な状態にあったからただ助けただけなのだろうけど、その行動に空蒼は何故か納得がいっていないらしい。

「あぁ」

男性の独特の低い声が空蒼の耳に届いた。
彼はどうやら空蒼を助けらたことに満足でもしているのか、表情が少し柔らかい。


それすら気にしない空蒼はチラッと彼の持っているものに視線を移した。

(ふぅ…)

彼が右手に持っている刀。
あれは紛れもない土方歳三(ひじかたとしぞう)の愛刀、和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)だ。
現代で何十回、何千回と見てきたその刀を見間違えるはずがない。それに彼の顔、見覚えがある。

新選組副長 土方歳三の写真は空蒼のいる現代まで受け継がれている。
亡くなる直前に撮った写真だと言うが、目の前の彼にその面影が残っている様に見える。

(…そうか…あたしは本当に、過去にタイムスリップしたんだ……)

空蒼の思っていた通り、ここは過去。
しかも新選組が存在している事から、今は幕末で京の都にいるらしい。
という事は、沖田総司と名乗った人物もきっと本物の沖田総司なのだろう。そして土方歳三も本物だ。

そしてさっきの総司の発言から、新選組の名を最近になって改めたみたい。
壬生浪士組(みぶろうしぐみ)から新選組と名を変えたのは確か九月下旬。
だから今は短く見積もっても十月という事になる。

(そうか…タイムスリップ、新選組……)

そう思った瞬間、何かがストンッと落ちた気がした。








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