あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
「お前、新選組に歯向かう気か!?」
ピクッ
その言葉を聞いて眉毛が少し動いた気がした。
(新…選組)
自分の手に力が入るのが分かる。
きっとここは空蒼の知っている時代では無いと言う、心のどこかで思っている事が現実になりそうになっている。
電柱もなければ舗装されていない道。
皆が皆、着物を着たり、現代ではお目にすることのない駕籠というのも存在している。
それに普通なら空蒼のこの格好は珍しいものでも何でもない。
というよりこれが普通だ。
現代の人からすればこれが当たり前の服装なのにも関わらず、じろじろ見てくる街の人。
まるでここは過去に戻ったかのようなそんな反応すら見せてくれる。
なら確かめてみようではないか。
自分の思っている事が真実かそれとも嘘なのか。
新選組という単語が出てきたからには無視はできない。
だってその単語は、空蒼にとっては数え切れないほど見てきた言葉なのだから。
どっちでもいい。
違うなら違うでそれでいい。
嘘なら嘘でそれでいいんだ。
でも何故だろう。
どうしてこんなにも心臓がバクバクしているのだろうか。
期待と不安。
そんな気持ちが空蒼の中を埋め尽くす。
「…おい!何回言わせんだ!さっさと金用意しろ!」
「っ…」
その言葉にはっと我に返る。
今はこんな事を考えてる場合じゃない。
確かめなければ、真実か嘘か。
「すぅ…はぁ…」
野次馬の中にいる空蒼は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(よし…)
覚悟を決めた。
「すみません…通して下さい…!」
空蒼は野次馬の中をすみませんと声をかけながら進み続ける。
これではっきりする。
ここが何処なのか。
(でも…ここがもし自分の知っている時代じゃなかったら?あたしはどうすればいいんだろう……って今はそんな事考えている場合じゃない!)
気を取り直して空蒼は足を動かす。
「すみません…通りますっ…!」
色々な感情の中、人にぶつかりながらも何とか前に進む。
たまに何処からか視線を感じる。
すれ違う人の目線が空蒼の姿を捉えると、不思議な格好をした自分を見ながら、ヒソヒソと話す声も聞こえてきた。
(…別に慣れてるから気にしないけど、見てるならどいてよ…)
人混みをかき分けながらなんとか先頭に辿り着いたみたいだ。
空蒼の目に、いかにも手で平手打ちをされたであろう頬を抑えながら、地面にうずくまっている女性と、その前には刀を鞘から出して今にも斬り殺すつもりであろう男が目に入った。
その二人を囲うように野次馬達が円になってその様子を見守っていた。
フードを被っているためよく見えないが女性が今にも危ない。
こんなに野次馬がいるのに一人も助ける人はいないのか。
そんな事に疑問を持った時だった。
「時間切れだ」
「堪忍っ…!」
その男の言葉を合図に刀が振り上げられた。
(ちっ…)
空蒼は視線を右に移す。
野次馬の中に竹箒を持った人がいたのを思い出したからだ。
そして竹箒を一瞬にして奪い取った。
「ごめんなさい!少しの間これ借ります!」
「っ…?えっ!?」
何故取られたのか分からず混乱した言葉しか出てこない人。
本当はあの男の様に模造刀を借りられれば良かったのだが、例えこれが撮影だろうと町人が刀を持っていること自体有り得ない話。
刀を腰に二本差せる人は許された人だけなのだ。