あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした

第七話





――ぱち

トイレの気配がして自然と目が覚めた。

(……どのくらい、寝ていたんだろうか…)

空蒼の視界に入るのは、今にも何かが出てきそうな暗闇と、それに混ざるようにしてゆらゆら揺れている少しの明かり。
明かり?と思いながら、もぞもぞと少し動いて身体を起こす。

「…どうした」

ビクッ

急なその声に身体が反応する。

その声に後ろを向くと、土方さんが机に向かって筆を走らせていた。
その机の端には、火の灯った行灯が置いてある。

(…だから明かりが……)

今の状況を少し理解しつつ、土方さんの後ろ姿を眺める。

白の寝間着姿に、がたいの良さを思わせるような広い背中。
見ただけでも、程よく筋肉が付いているのが分かる。体を常日頃から動かしている証拠だ。

「…どうしたのかと聞いているのだが?」

そう言うと、コトっと筆を机の上に置き、腕を机に付きながらこちらを向いてきた。

初めて会った時も思ったが、その表情は現代で見たあの写真の面影とどこか似ている。
それを見てると、本当にあの土方歳三なのだと改めて実感する。

「……トイレ……厠に、行きたくて…」

トイレまで言いかけて言葉を止めた。ここではトイレの事を(かわや)と呼んでいるからだ。
なのですぐに厠と言い直した。
そんな言動を怪しんでたら後々面倒くさいなと思っていたのだが…。

「…そうか、厠…」

変な事を言われるとでも思っていたのか、その言葉を聞いた土方さんは拍子抜けしたような顔だった。
逆にどんな言葉を期待していたのか知らないが、案外大丈夫だったのか特に怪しまれるような事はなかった。

「こんな夜更けに起きたと思ったら厠か」
「…。」

何が言いたいのだろう、厠にすら行ってはいけないというのか?トイレは生理現象なのだから仕方ないだろうに。
空蒼はそんな土方さんを睨みつけた。

「……別に馬鹿にしている訳でも、否定している訳でもねぇよ。ほら行くぞ」

空蒼の目線に気付いたのかそう弁明してきた。
それはそうと、ほら行くぞとはどういう事だろう。

土方さんはその場に立ち上がった。

「……?」

空蒼は座ったまま、土方さんを見上げる。
すると、首を傾げている空蒼を見て、はぁとため息を付いた。

「…お前、厠の場所知らねぇだろ。どうやって行く気だ」
「……あぁ」

呆れながら言ってくる土方さんの言葉に素直に納得した。
言われてみれば確かに空蒼は厠の場所すら知らない。それはそうだ、新選組事を知っているとはいえ、ここに来たのは初めてなのだから。

「ほらとっとと行くぞ。俺は眠いんだ」
「……。」

そう言って欠伸をする土方さんを、無言で見つめながら空蒼も立ち上がった。

(…眠いならさっさと寝ればいいのに…こんな夜更けに起きている奴が悪い)

時間はよく分からないが、さっき土方さんが夜更けと言っていたのを思い出したので、その言葉を使って悪態を付く。
とはいえ、こんな夜遅くまで起きているという事は、そんなに仕事が溜まっているのだろうか。

(まぁ…あたしには関係ない)

そんなどうでもいい事を考えながら、歩き出した土方さんに付いていった。




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