あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした



あの時総司は空蒼に対して怒りを覚えていた。いや、怒りと言うより嫉妬に近いだろうか。
小さい頃から一緒に居て、近藤さんを慕い、信頼しながらこんな遠い京まで来た。
空蒼は多分総司の主君は近藤さんだと言われてもきっと驚かないだろう。そう思うくらい近藤さんの為に闘い、守るために強くなろうとしている彼を空蒼は現代で知っているから。

それなのに、彼の前にこんな怪しい人物に対して天才だの、空蒼を庇うような言動をしたらどうだろうか。
きっと彼は空蒼の事を良くは思わないだろう。そして彼が言った「近藤先生は誰の味方なんですか!?」と言う言葉。
嫉妬心が丸見えだ。

(きっとあたしが女だと知ったら、一生顔なんて見たくないだろうな…いや今でも見たくないか。現にあれ以来一度も顔を見ていないのだから)

「…総司には己の気持ちと向き合う時間を与えている。時期に気持ちの整理ができるはずだ」

空蒼は鍋を見つめながら、土方さんの言葉を聞く。

(…時期に、ね…)

それが出来たら人間はいちいち悩んだりしない。
気持ちの整理が出来ないからずっと悩み続けるんだ。
そして今回のように総司はずっと悩み続ける、自分が居る限りずっと。
そう思ったら、胸がチクリと痛んだ気がした。

「……もう行って下さい」

その痛みを無視するように土方さんにそう言った。
今は一人になりたい気分だ。誰とも話したくない。

「……今日まではゆっくり休め」

そう一言言うと、土方さんの足音が遠ざかって行った。

「……。」

空蒼は握っている鍋の蓋をゆっくりと開けた。

(っ……卵?)

蓋を開けると、卵とお米、刻んだ沢庵が入っているのに気が付いた。
空蒼は蓋に付いている水滴が畳の上に落ちているのを横目で確認しながら、蓋を畳の上に置いた。

「っ……」

そして一口雑炊を口に運んだ。

(…美味しい)

絶妙な塩味に、沢庵のシャキシャキした食感、それに半熟の卵がご飯と絡まって普通に美味しい。

それに、空蒼が何に一番驚いたかって、それはこの卵。
現代では十個一パック二百円くらいで買えているが、今のこの時代卵は高級品で現代の値段で言ったら一つ四百円くらい。
そんな高級品を使う時はだいたい祝い事とかだろうか。
それなのにその高級品は今ご飯と絡まている。

(どうして…そんな高級品をあたしなんかの為に使う?)

それにこれを持ってきてくれた近藤さんは、卵を使う料理の卵ふわふわが好きだったと聞いたことがある。
近藤さんが作ったかは定かではないが、自分の好きな卵を使っている雑炊を自分にくれるなんて、その事実にも驚いていた。

「……お人好しな近藤さん」

そう呟いて、空蒼は静かにそれを口に運ぶのを再開した。
時折、畳の上に落ちる水滴は鍋の蓋に付いた水滴か、それとも…。



< 87 / 123 >

この作品をシェア

pagetop