あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
第八話
――バタンッ
「ふぅ……」
厠のドアを閉める空蒼。
トイレに行きたくて目が覚めた蒼空は、まだ日の昇っていない廊下を歩いて厠に来ていた。
夜明け前なのかまだ薄暗く、灯りを照らさないと流石の大人でもよく見えない。
それなのに空蒼は足元を照らす行灯すら何も持っていなかった。
「……怖っ」
厠からの帰り道、薄暗い廊下をゆっくりと歩く。
たまに吹く風によって、カタカタと音が鳴るのがまた不気味だ。
行灯でも持ってくれば良かったのだが、この時代で自分の為に何かを使うのは何だが気分が良くない。
ただでさえ、色々なものが貴重だと言うのに、油まで使っていられるか。
ギシッギシッと木が軋む音を耳で聞きながら、転ばないようにゆっくりと歩みを進める。
(…暗闇には慣れてるから良いけど、この暗闇は違う意味で怖いな…)
暗ければ電気を付けて、外を歩いても街灯があった現代とは違って、月の明かりが頼りのこの時代。
土方さんと連れションした時は、行灯を持って行ったから多少は明るかったし、こんな些細な音も気に留めることなどなかった。
けど今は一人だし、暗闇に慣れているから大丈夫だと言っても、この時代の古民家って本当に不気味なのだ。
下手したら本当にこの世のものではない何かが出てきそうな勢いである。
ギシッギシッ
「っ……」
すると、明らかに自分の足音ではない足音が、空蒼の目の前に広がっている暗闇から聞こえてきた。
それとよく見ると、明かりみたいなのが宙にゆらゆら揺れている。それはまるで、現代の言葉で言う人魂のようだ。
(…違うよね?まさか…そんなはずは…)
自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりとそれに近付いていく。
生きた人間がいるのだから妖怪や幽霊といった類も存在すると思っているが、実際自分がこんな体験をしたら何が何でも否定したくなる。
もしそこで彼らの存在を認めてしまったら本当に出てきそうだから。
ゆらゆらと揺れながら灯るそれはだんだんとこちらに近付いてくる。
(落ち着け…落ち着け、大丈夫大丈夫…)
それと同時に足音も近付いてきているのが分かる。
早まる心臓を無理やり落ち着かせながらそれから視線を逸らさない。
「っ……!」
すると、他の人よりも夜目が効く空蒼の目にある人の顔が写った。
初日に一度だけ会ったことがあり、そしてそれ以降一度も顔を見ていなかった人物。
(総…司…)
足音の正体は総司だった。火の灯った行灯を片手に前から歩いてきている。
ピタッ
総司だと自覚した途端、動いていた足が止まった。
今以上に夜目が効く事に後悔した事はない。
空蒼のこの目オッドアイは生まれた時から左右の色が違い、それの副作用なのか分からないが、人のオーラを見れること以外に普通の人よりも暗闇の中でモノや人など認識するのが得意だった。
他の人では見えない暗闇の中でも空蒼には見ることができたので何かと便利だったのだが、今はそれがなければよかったと思う。
だって、目の前にいる人物が総司だと分かっても、空蒼には何もすることができない。
総司だと認識した時間が延びるだけで、空蒼からしたらそんな時間苦痛で、痛みでしかない。