あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
「とぼけるつもりですか?貴方の懐から落ちたのを俺はちゃんと見ています。言い逃れなんてできませんよ」
「い、いや…そう言う事ではなくて…」
何を勘違いしたのか、空蒼が逃げるとでも思っているようだ。
それに対して、両手を顔の前に持ってきてぶんぶんと左右に振って否定した。
(言い逃れなんてあたしが総司にするわけないのに……ってそうじゃなくて…!)
総司の顔色を窺いながら空蒼は懐に手を入れた。
(っ…やっぱり……)
思った通り、そこにはあるはずのモノが無くなっていた。
気を付けていれば落ちることもなかっただろうに、空蒼は複雑な表情を浮かべるしかなかった。
まさかこのタイミングで落とすなんて誰が予想するだろうか。それに、ここで総司に会うとも誰が予想していただろうか。
とはいえ、話すきっかけを与えたのは自分のせいなので、自分自身にも苛立ちを覚えると同時にこれをくれた人物にも苛立ちを覚える。
「…ではどういう事ですか?これは…この金平糖は近藤先生にあげるつもりで、俺が少ないお金をはたいて買ったものです」
「……っ」
その言葉に目を見開きながら、やはりその金平糖は総司のものだったんだと納得した。
近藤さんにあげる金平糖を受け取っていたとは、どうしてもっと藤堂さんの言葉を深く考えなかったのだろう。
からかわれた仕返しと言っていたが、藤堂さんはこれが近藤さんにあげるものだと知らなかったのだろうか。
いや、いまさらそんな事考えたってどうにもならない、どんなにこれが貰い物だからと言って、受け取った時点で空蒼も同罪なのだから。
そう考えながら、総司の顔をチラッと見た後、空蒼は言いづらそうに口を開いた。
「…藤堂さんが……」
「藤堂さん?平助が何か?」
「っ……」
藤堂さんの名前を出した瞬間、怒った表情を見せた総司の迫力に空蒼は咄嗟に口を閉ざした。
(今…ここで本当の事を言ったとしても、総司の怒りを煽るだけな気がする…)
それにここで「藤堂さんからの貰い物です」と言ったとしても、嫌っている人と仲良くしている藤堂さん、どちらを信じるかくらい空蒼にだって分かる。
「……いえ…ごめん、なさい」
目を伏せながら、消え入りそうな声でぽつりと呟いた。
今更ながら、自分の行動に嫌気が差す。受け取ったのはあれとして、せめて食べるのはやめておけばよかった。
近藤さんと土方さんのやり取りをどんな表情で見てればいいか分からず、手元にあった金平糖に手を伸ばすなんて本当に考えなしの行動だった。それかせめて、近藤さんを泣き止ます為に金平糖を差し出した時、無理やりにでも食べさせればよかったのか。いや、例え食べたとしても食べていい理由にはならない。
(どうしたら…許してくれる?)
ただ今分かるのは、藤堂さんの事を悪く言うのではなく、謝る事くらいだ。
「…………謝ったからって、謝ったからって全てが許されるとでも思っているのですか!?」
「っ……」
その大きな声に身体がビクつく。
空が明るくなってきた廊下で、総司の表情がはっきりと分かった。
眉根を寄せて、優しそうな顔が怒りに満ちていた。
「それに…数が減っているという事は食べたって事ですよね?こんなの……こんなの近藤先生に渡せるわけないじゃないですか!!」
――バンッ!!
――バラバラバラッコロコロコロコロコロッ
「っ……!!」
そう声を荒げた瞬間、総司は腕を振り上げたと思ったら、持っていた金平糖を和紙の包み事廊下に叩きつけた。
その拍子に金平糖は床に当たり、ばらばらと辺りに散らばり砕けた物もあれば、ころころと転がる物もあった。
(……。)
バクバクと激しく暴れる心臓がやけに大きく聞こえるのはきのせいだろうか。
ピクリと眉毛が動いたのを感じた後、床に散乱した金平糖を見つめてから、恐る恐る総司に視線を移した。
「はぁはぁはぁはぁ…」
急に大きな声で怒鳴ったので息が少し乱れたのか、肩が上下に動いている。
散らばった金平糖を悲しそうに見つめていた。
(…凄い、怒ってる…)
子供と遊ぶほど子供が好きだと言われ、その優しさと雰囲気で子供たちも恐れる新選組で唯一総司には心を許していたと言われるそんな人が、空蒼にはそんな表情は見せず、それどころか怒鳴ってきた。
それはそうだ、空蒼がそんな優しい総司を怒らせてしまったのだから。
(……。)
空蒼は唇を嚙み締める。
そんな優しい総司に対して、自分は怒らせてしまった。優しくて、からかうのが好きな彼にこんな表情をさせてしまった。
どうしたら許してくれる?なんて空蒼の言える事ではなかった。そんなのはただの傲慢にすぎない。