あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
第九話
新選組屯所を後にしてどのくらい歩いただろうか。
感覚的には四十分ほどだが、慣れない土地を何も考えずに歩いていたので、それよりは短いと思う。
気が付いたら空蒼は、一番最初に目が覚めたあの街が一望できる丘の上に居た。
あの時と唯一違うのは服装くらいだろうか。それのお陰か多分じろじろした変な目で見られる事はないだろう。
とはいえ、日が昇っているとは言っても朝の七時くらいだと人通りは少なく、確認したくても出来ないのだが。
「はぁ……」
空蒼は木で出来ている柵に手を付いてため息を付いた。
これからどうやって生きていくとか、どうやって帰ればいいのかすら分からない。
でも帰ったところで、また同じ生活を繰り返すだけ。それならいっそ死んだ方がマシだ、あの生活をする為に戻るなら、ここで生きていく道を選ぶ。
それくらい空蒼にとってあそこはきっと居心地が良かったのだろう。
自分の目を毛嫌いするのではなく、ちゃんと目を見て綺麗と言ってくれたあの人達のいるあの新選組が。
でももう、あそこに戻る事は出来ない。
空蒼はぼーと丘の下に広がる京の街を眺める。
昔の人は早起きなのか、ここからでも人の出が確認できた。
「……とりあえず、あそこに行ってみるか」
ここにずっと居てもどうしようもない。とりあえず、ぶらぶらと京の街を散策することにした。
(…前はゆっくり見る時間がなかったからな……)
きょろきょろと京の街並みを目に焼きつける。
お店の人だろうか、店の前に打ち水をしたり、竹箒で落ち葉をはいているのが確認できた。
忙しいのか、こちらには目もくれずせっせと掃除をしている。
前にここに来た時は色々とあって、こんなにゆっくり見ることも出来なかったからか、なんだか空蒼の表情は柔らかい。
と言うか、色々ありすぎて江戸時代の幕末という時代を満喫出来なかったのだが、こう見えて空蒼はこういう昔の平屋の家、すなわち古民家が好きなのである。
特に縁側が大好きで、実は新選組の屯所にあった縁側にテンションが上がっていたのは誰も知らない。
なので、ここは空蒼にとっての理想の街である。
好きな物がこうも沢山あると空蒼も自然と頬が緩んでしまう。
(……うん?)
しばらく歩いていると空蒼の目に見た事のあるお店が目に入った。それと、お店の前で掃き掃除をしている一人の女性も、どこかで見た事があった。
ピタッと足を止めた空蒼は、どこで見たんだっけ?と考え込みながらその女性を凝視する。
「……あら?」
そんな空蒼に気付いたのか、こちらを向いてきた彼女と目が合った。
「貴方は……」
彼女は掃いていた動きを止めて、じっと空蒼を見つめてきた。黒い髪を後ろに結んでいて、生誕な顔立ちをしている。まさに男性から好まれる顔だ。
それにしても、そんなに彼女を見過ぎたのだろうか、まさか話しかけられるとは思わなかった。
その行動に戸惑いながらも空蒼は黙ったまま彼女の言葉を待つ。
「もしかして、この前助けて下さった方ですか?」
この前と言うと一つしか思いつかない。
空蒼が新選組と出会うきっかけとなった、新選組と語る偽物に彼女が斬られそうになっていたあの出来事だ。
あの時は彼女の事だけを気にしてはいられなかったが、今見る限りどうやら元気そうに見える。
「…元気そうで何よりです」
空蒼がそう答えると、彼女は空蒼の前まで歩み寄ってきた。
「やっぱりあの時の!ずっとお礼が言いたくて探していたのですよ」
笑顔の似合う女性のようで、この顔を見た男性はころっと逝ってしまいそうだ。
笑うとえくぼがとても際立つ彼女。どうやら元気に違いない。
「あら?貴方の目……珍しい色をされてますね」
――ドクンッ
今はフードで目を隠していない。
前髪は長いが前のように隠している訳では無い。
いつかは言われるかと思っていたが、このタイミングで言われるとは心臓に悪い。
空蒼は言いづらそうに口を開いた。
「…気持ち、悪いですよね」
土方さんに自信を持てと言われて考えを改めたはずなのに、どうにも"こういう状況"になると、自信を無くす。
だが空蒼にとってはフードが無いだけでも進歩した方なのだ。
「いえいえ、逆です逆!綺麗だなと…そのような綺麗な瞳を初めて見ました」
ニコッと微笑む彼女。その表情に嘘はないと信じたい。
まだ言われ慣れない空蒼にとって、素直に嬉しいと思えるのは幸せな事なのだ。
「あっすみません!まだ名を名乗っていませんでしたね、私は如月楓と申します…この前は助けていただき本当にありがとうございました」
丁寧な口調を並べたあと、頭を軽く下げてきた如月さん。
現代の人は猫背が多いのに、如月さんはなんて姿勢がいいんだろうと心の中でどうでもいい事を考える空蒼。
そんな空蒼も実は猫背である。意識をすれば背筋は良いのだが、気を緩めると直ぐに猫背に戻るのでとうに諦めていた。だが心のどこかでは治したいと思っていたのか、その姿勢を見習いたいと思う空蒼であった。