あたしが好きになったのは新選組の素直になれない人でした
「どうぞ、お好きな席に座って下さいな」
「ありがとうございます」
お茶を用意しますねと付け加えて、奥に行ってしまった。
それを確認した空蒼は、お座敷の方に足を進める。
最初から決めていたのか、迷うこと無くお店の一番奥のお座敷に着席した。
脱いだ靴を並べ、座布団の上に正座して背筋を伸ばす。
そしてくんくんとその場の空気を吸う。
「…好きな匂い」
昔ながらの古民家の匂いが好きな空蒼。
最近は古民家自体が少なくなってきている為、それに近い神社の匂いを嗅ぐようになっていた。
社殿の中もそうだが、一番はやっぱり授与所だろうか。
受付の窓を開けられたその部屋からは、自分好みの匂いが漂って来るのだがそれが本当にたまらない。
ずっと嗅いでいたくなるくらいとても素晴らしい匂いがするのだ。
このお店もそこまでとは言わないにしろ、良い感じの匂いが漂っていた。
抹茶や茶葉の良い香りと木造ならではの木の香り。それがまた心を安らかにしてくれる。
新選組屯所も良い匂いがしていたから、これはもはや運命かなと思ってしまう。
「……ん?」
店の中の匂いをくんくん嗅いでいたら、目の隅に何かが入ってきた。
引き出しの付いた胸くらいの高さの箪笥の上、木で出来たちょうどいい大きさの籠の入れ物に、何やらお菓子みたいなのが入っている。
空蒼は無意識にそれに近付いていた。
「…これは……」
それを手に取って凝視する。
ピンク色や黄色、水色や黄緑色、白色などのカラフルな色に星の形をしたそれ。
先程、空蒼の目の前で起こった、それらが砕け散る光景が脳裏に蘇ってきた。
そしてそれと同時に彼のあの悲しそうな顔も思い出してしまった。
「……。」
ぎゅっと拳を握り締める。
(これを見ると彼を思い出すくらい、あたしは重症なのかな…)
ここまでくると昔好きだった物が嫌いになりそうになる。
一つの事でここまで気持ちがえぐられるとは誰が予想していただろうか。
「…好きなんですか?金平糖」
「っ……」
急に後ろから声がしたので、声を上げそうになってしまった。
(びっ…びっくりしたぁ……)
如月さんに向き直りながら暴れる心臓を落ち着かせる。
「ご、ごめんなさい!驚かせようとしたつもりじゃないんですが…」
「…大丈夫ですよ」
如月さんは、申し訳なさそうな顔をしながらペコペコと頭を下げてきた。
色々と考え事をしていたから、周りの事に集中出来ていなかった自分が悪いのだが、如月さんは優しい心の持ち主らしい。
そう思いながら、手に持っている金平糖を籠の中に戻す。
「…お好きならどうぞ持っていって下さい」
「…え?」
金平糖を籠に戻した空蒼に、如月さんが横からそんな事を言ってきた。
「最近、ここいらで金平糖を大切な人に贈るのが流行っているんですよ」
「……。」
如月さんの言葉に何も言えない空蒼。
大切な人と聞いて、どうしても彼が当てはまってしまうからだ。
空蒼の脳裏に彼の言葉が焼き付いていた。
『この金平糖は近藤先生にあげるつもりで、俺が少ないお金をはたいて買ったものです』
(……。)