元稀代の悪役王女ですが、二度目の人生では私を殺した5人の夫とは関わらずに生き残りたいと思います
「と、いうわけで、さっそく始められそうです、貿易」
「まぁよかった!! これでノルジックも物資に困ることなく寒季を乗り越えられますわね。うちのタントも、穀物を無駄にせずに済んで喜んでおりますわ」
庭のガゼボで貿易についての打ち合わせのためにやってきたカイン王子とお茶をしながら話をする。
お茶を飲む直前にセイシスが毒味をし始めて気まずい思いはしたけれど、何も追及されることがなくてよかった。
セイシスは媚薬の一件からものすごく過敏になっている。
考えすぎてハゲたら素敵な帽子でもプレゼントしてあげましょう。
「全てあなたのおかげですよ。美しいだけでなく聡明な王女だ」
そう言って私の手に自分のそれを自然に重ねる。
顔が爽やかすぎて嫌味がない!!
普通ならば合格だけど──。
私はにっこりとほほ笑むと、重ねられたその手をやんわりとふりほどく。
「ふふ、お上手です事。カイン様のような爽やかな王子様にそんな風に言われたら、他のご令嬢が黙っていないでしょうね」
嫉妬に巻き込まれたくないから触らないでくれるかしら? と暗ににおわせる。
こっちは貿易以外で関わりたくはないんだから、そんなサービス《ボディタッチ》とかいらん。
たとえどんなに顔面が良くとも!!
どんなにドストライクのお顔だとしても……!!
「王女。私の思いは、あなたには迷惑なもの、でしょうか?」
「え?」
な、何?
爽やかイケメンの頭にしゅんと垂れた犬耳が見える……!!
犬枠はアステルに任せてあなたは爽やかに澄ましててーっ!!
はぁ……。とはいえ、はいそうです、迷惑です、ごめんなさい、何て言えないし、困ったわね……。
「リザ王女の心は、私の思いについていってはいない、というよりも、私の思いに背を向けているようにも思えます」
「っ、それは……」
図星だ。
背を向けている、それが一番正しいだろう。
振り向くのが怖くて、最初から、背を向け続けている。
口ごもった私に、すぐそばでふっと息を吐くような笑い声がこぼれた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
顔を上げると、カイン王子が綺麗な笑みを浮かべて私を見ていた。
「私はせかすつもりはありません。もちろん、私のことが嫌だとお思いであればすぐにでも断っていただいて結構です。それで貿易を無かったことになどいたしません。貿易パートナーとして、これからもよろしくお願いしたいと思います。ただ──」
「ただ?」
「もし少しでも、私を見てやろうと思っていただけたなら、もう少しだけ……。もう少しだけ、私に言葉を交換する時間をいただけませんか?」
言葉を、交換する?
でも私は、一度目で何度も彼と──……あれ? でも私……一度目もカインとしっかり思いを語り合ったことなんてない……。
好みの顔に告白されて、条件をのんだから結婚して──。
ただ日常の苦しみを、ふりかかる重責を忘れるために快楽に逃げて、利用していただけ。
それを大切にしていたと、愛を与えていたのだと勘違いしていただけだ。
他の夫達もそう。
母がいない寂しさを。
じき王女として一人戦う苦しさを。
国政を担って何かしたいと思いながらも、責任が怖くて行動に出ることができないままの歯がゆさを。
それらすべてをごまかすために、彼らはいた。
私は立ち止まっていただけで何もできずに、快楽に飲まれたんだ。
そうか、私──、一人一人を大切にしていた気になっていただけで、会話をして、相手を知ることすらしていなかったのね。
「…………カイン王子」
長い沈黙の末、私は静かに立ち上がると、目恩前で首をかしげるカイン王子に向かって、深く首《こうべ》を垂れた。
「!? リザ王女!? 何を──!?」
「ごめんなさい。私、あなたとちゃんと向き合うこと、ずっと避けていました。恐れや苦しみばかりに目を向けて、人と人として向き合うことを放棄していた……」
もし私が彼らの立場だったならどうだろう。
そんなこと、考えることもしなかった。
だけどこの人は……私の気持ちに気づいて、私の心を優先させようとしてくれた。
私も、ちゃんと向き合わないと。
「正直、お話を受けるという自信は今のところどの候補者の方にもありません。でも……あなたが私に向き合ってくださっているのなら、私は最初から拒絶することだけはしたくありません。私は……向き合いたい。人と、人として」
「リザ……」
背後から小さく、セイシスの抑揚のない声が聞こえた。
「リザ王女……」
カイン王子もまた、呆然として私を見つめ、そして柔らかく目を細めた。
「ありがとうございます。リザ王女。それで充分です。あなたが向き合ってくださるのなら、その結果どうであっても、私に悔いはありません」
私を殺そうと画策した容疑者かもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
一度目では死んでいた母が二度目の今は生きていたり、騎士団に入るはずのなかったアステルが騎士団入りをしていたり、少しずつ違っている今の人生。
もしかしたら違う未来だってあるのかもしれない。
私は、そんなほんの少しの希望を胸に、この日初めて、カイン王子と正面から会話を楽しんだのだった。